家族だけじゃない「Ohana」:ハワイ語に学ぶ文化の訳し方
- SIJIHIVE Team
- 6月21日
- 読了時間: 9分
更新日:6月23日

こんにちは!ALOHA ! 豊かでクリアな自然エネルギーたっぷりなハワイをこよなく愛する翻訳者兼フラ講師の板羽柚佳です。
「Aloha=こんにちは」「Ohana=家族」……そう訳されることが多いハワイ語ですが、実はそれだけでは伝えきれない「想い」や「価値観」が込められているのをご存じでしょうか?近年、観光翻訳や文化翻訳の現場では、明確に伝えようとしすぎるあまり、言葉に含まれた余白や雰囲気が失われてしまうケースも見受けられます。
今回はハワイ語を例に、観光翻訳で見落とされがちな「文化の翻訳」をどう扱うべきかについて掘り下げていきます。
目次
1. ハワイ語に息づく価値観と世界観

ハワイに行くと、まず耳にするのが「アロハ(Aloha)」という言葉です。多くの人が「こんにちは」や「さようなら」として知っていますが、本来の意味はそれだけではありません。
Aloha には、「愛」「思いやり」「調和」「共感」「忍耐」といった深い精神性が込められており、ハワイの文化や生き方そのものを象徴する概念なのです。「Aloha Spirit」とは単なるスローガンではなく、「他者に対して尊敬と優しさをもって接する」という価値観の表れでもあります。
ハワイ語は、このような抽象的で感覚的な価値観をシンプルな音の中に数多く宿しているのです。
言葉に込められた「文化の深み」をどう伝えるか

このように、ハワイ語の多くには文化的・歴史的な背景があり、単なる単語以上の意味が込められています。「Ohana(オハナ)」もその一つです。直訳すれば「家族」ですが、実際には「血縁を超えた人と人との深いつながり」や「支え合い、助け合うコミュニティ」といったニュアンスを含んでいます。
たとえば、ハワイの人々が日常会話で「You’re my ohana」と口にする時、それは単なる言葉以上の意味を持ちます。「君は私の家族同然の大切な存在だよ」といった、深い情感と信頼が込められているのです。
「感情」や「つながり」をどう言葉に落とし込むか

日本語や英語には、「家族」「仲間」「友達」など、関係性をはっきりと分類する語彙が豊富にあります。一方で、ハワイ語ではこうした関係の境界は曖昧で、「つながり」そのものの質や感覚が重視されます。これは、ハワイに根づく自然観や共生の精神、そして「全体としての調和」を大切にする文化的背景と深く結びついています。
翻訳の場面では、「Ohana(オハナ)」を単に「家族」と訳すだけでは意味が十分に伝わらないケースも多く見受けられます。血縁に限らず、心で繋がった存在や、支え合いながら生きる「絆」を含むこの言葉には、文脈や感情の流れを丁寧にくみ取る姿勢が求められます。
「Ohana」が“家族的な絆”を表すのに対して、もう1つ注目したい言葉が「Pilina(ピリナ)」です。「関係性」や「つながり」を意味しますが、より繊細に表現すると、それは「縁」に近い感覚だと言えるでしょう。単なる人間関係ではなく、時間や空間を超えて育まれるつながりや、出会うべくして出会った運命的な絆を指すこともあります。
ハワイの文化では、自然界や祖先、土地との関係も「Pilina」として捉えられています。たとえば、自分のルーツや土地との精神的な結びつきもまた Pilina の一部とされ、そこには感謝や祈り、そして循環という概念が含まれています。これは日本語でいうところの「ご縁」や「目に見えないつながり」に非常に近い感覚ですが、言葉として翻訳するには、細やかな感性が求められます。
大切なのは、単語の意味だけでなく、その言葉が語られる“心の背景”や“場の空気”を丁寧にくみ取り、それを他の言語にふさわしいかたちで表現することです。特に、感情やつながりにまつわる言葉は、文化ごとの「当たり前」が大きく異なるため、翻訳には言葉以上の想像力と共感力が求められます。
ハワイ語から見える、翻訳のむずかしさ

ハワイ語のように、感覚や価値観が内包された言語は、直訳にせよ意訳にせよ限界があります。直訳すれば誤解を招き、意訳すれば過剰な解釈になってしまうこともあります。たとえば、「Aloha Spirit」を「愛の心」や「優しさ」と訳すと、親しみやすさはあるものの、ハワイ文化に根付く「生き方としての Aloha」の本質は伝わりにくくなります。こうした場面で翻訳者に求められるのは、「どう訳すか」だけでなく、「どこまで訳すか」「なにを残すか」という判断のセンスです。
観光翻訳でありがちな「伝えすぎ」問題

観光地の案内板やパンフレットでは、「意味を説明しすぎる」ことで、本来の余韻や神秘性が失われてしまうことがあります。たとえば「フラ(Hula)」を「ハワイの伝統舞踊」と一言で説明すると、その背景にある精神性や祈りの要素、自然との一体感といった本質的な部分が抜け落ちてしまいます。
また、「カプ(Kapu)」という言葉は、「禁止」や「立ち入り禁止」と訳されることが多いですが、実際には「神聖なものに対する敬意」や「社会秩序を保つための神の掟」といった側面も含まれています。それは単なるルールというより、文化的な「聖域」の概念に近いものです。
情報があふれる現代だからこそ、言葉に「余白」を残すことの大切さが、あらためて見直されるべきではないでしょうか。すべてを説明し尽くすのではなく、読む人の想像や感性にゆだねる部分こそが、文化を感じさせる本質的な翻訳につながるのです。
「言葉の意味」よりも「文脈の意味」をどう捉えるか

言語には、辞書に載っていない「文脈の意味」が存在します。ハワイ語における「Mana(マナ)」もそのひとつです。直訳すれば「霊力」や「生命エネルギー」ですが、実際には自然界と人間、神聖と日常がつながるハワイ固有の世界観を反映しており、神話や祖先、自然との調和といった深い文脈を伴っています。
また、「Pono(ポノ)」という言葉も、単に「正しさ」や「善」と訳されがちですが、実際には「心と行動の調和」「自然界とのバランス」「倫理的な整い」といった、精神的かつ哲学的な意味合いを含んでいます。つまり、「正しい」というよりも、「あるべき姿」や「望ましい状態」に近いニュアンスだと言えるでしょう。
大切なのは、「この言葉がここで使われているのはなぜか?」という問いを立て、背景にある文化や関係性、空気感を読み取ることです。文脈の奥行きを感じ取り、それを丁寧に言葉にしていくことが、文化を翻訳する本質的な行為だといえるでしょう。
文化の“空気”をどう伝える?翻訳者の役割と覚悟

観光翻訳においては、文化の「空気感」を訳出することが重要な鍵となります。それは単なるテクニックではなく、翻訳者自身がその文化をどう受け取っているかという「在り方」に大きく左右されるものです。翻訳者は、異文化の「語り部」であり「橋渡し役」でもあります。その役割を果たすためには、責任を自覚し、その覚悟を持つことが求められます。
では、より優れた「語り部」や「橋渡し役」であるために、翻訳者はどのような姿勢を持つべきなのでしょうか。ここでは、実践的な方法を2つご紹介します。
ひとつ目は、「現地の体験を自らの身体を通して味わうこと」。文化は本や辞書だけでは深く理解することができません。現地の風に吹かれ、土地の匂いを感じ、人々の声に耳を傾ける――そうした五感での体験が、文章の中に「温度」や「空気感」として反映されていきます。たとえ短期間でも、自らの足でその文化に触れることで、言葉の背後にある情緒や価値観が自然と腑に落ちていきます。とはいえ、実際に現地を訪れることが難しい場合もあるでしょう。
そんなときは、現地に根ざした映像や音声コンテンツ、ドキュメンタリー、現地出身者のインタビューなどを取り入れて、自分の感覚を最大限に開く工夫が効果的です。YouTube やポッドキャスト、書籍に収められた個人の語りなどを通して、その土地に生きる人々の「肌感覚」を疑似体験することができます。また、SNS やオンラインコミュニティを活用し、現地の人々と直接交流するのも一つの手段です。日々の暮らしや価値観を共有してもらうことで、言葉に込められた背景がより具体的に浮かび上がってきます。大切なのは、「自分の世界の枠を超えて、その文化に心を運ぶ意志」を持ち続けること。体が現地に行けなくても、心と思考を柔軟に旅させることで、翻訳者としての感受性を深めていくことは十分に可能です。
ふたつ目は、「文化の背景を継続的に学び、共感力を磨くこと」です。
文化には、歴史・宗教・社会構造・自然観など、さまざまな要素が複雑に織り込まれています。言語の専門家にとどまらず、文化人類学的な視点を持って学び続けることで、表面的な意味にとらわれず、その奥にある人々の想いや暮らしを想像できるようになります。言葉の一語一句に対して「これは誰の声か?」「どんな気持ちから発せられたのか?」と問い続ける姿勢が、より深い翻訳を可能にするのです。翻訳とは、単に情報を変換する作業ではありません。「文化の魂」をすくい取り、それを他者の言語で再び息づかせる──そんな繊細で創造的な行為です。だからこそ、求められるのは知識や経験だけではありません。誠実なまなざしと、想像力に裏打ちされた共感力こそが、文化を伝える翻訳者にとっての礎となるのです。
ことばを通して「体験」を伝える工夫

たとえば、パンフレットに「ロミロミはハワイ伝統のマッサージです」とだけ書かれていても、その魅力は十分に伝わりません。そこに、「母なる海のリズムを思わせる優しいタッチで、心と身体のバランスを整えます」といった表現を添えることで、読む人に体験のイメージがより鮮明に伝わります。体験を翻訳するためには、視覚・触覚・感情といった五感に訴えるような言葉選びが重要です。
原文への敬意と、読者への配慮のバランスを持つ

文化的な語句や表現は、そのまま残した方がよい場合もありますが、読む人にとっては理解しづらいこともあります。たとえば「Aloha ʻĀina」という言葉。直訳すれば「土地への愛」ですが、実際には、土地を守る精神や政治的アイデンティティといった背景が込められています。こうした文脈を簡潔に補足することも、翻訳者の大切な工夫のひとつです。「原文を壊さずに、読み手にも届くように」。この両立こそが、翻訳者の腕の見せどころと言えるでしょう。
まとめ:ことばの奥にある「温度」を訳す

「Ohana」や「Aloha」などのハワイ語に向き合うとき、私たちは単語の意味だけでなく、その言葉が持つ「温度感」や「波動」を感じ取ることが求められます。文化に根ざした言葉には、その土地で育まれた人々の想いや生き方、歴史が深く染み込んでいるからです。
翻訳とは、情報を移すだけでなく、その言葉に宿る“体温”までも伝える営み。ハワイ語に限らず、深い文化的背景をもつ言葉に出会ったとき、私たち翻訳者には「意味の橋渡し」を超えて、「感情や感覚の共鳴」を届ける役割があるのかもしれません。
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著者プロフィール
YUKA ITAHA
テレビラジオ業界でナレーターとして25年、フラ教室主宰15年とエンタメ業界一筋で生きてきたが、コロナ禍をきっかけに長年の夢だった翻訳業務を開始。
ハワイへは年に数回渡航。日々変化していく生きた英語に触れながら、
異文化間の思考の違いや取り組み方の違いを肌で感じ、
その違いを相互理解しながら埋めていくための一助となるべく、目下、邁進中。
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