訳す、寄り添う、感じ取る。歌詞に宿る想いを読み解く、ハワイアンソング翻訳の勘どころ
- SIJIHIVE Team
- 7月29日
- 読了時間: 7分
更新日:7月31日

こんにちは!ALOHA ! 豊かでクリアな自然エネルギーたっぷりなハワイをこよなく愛する翻訳者兼フラ講師の板羽柚佳です。
ハワイの歌には、単なる言葉以上の文化や想いが込められています。風や海、山々、土地の名前など、それぞれが神聖な意味を持ち、歌い手の祈りや想いが“言霊”となって響きます。だからこそハワイアンソングを翻訳する際には、辞書的な訳だけでは決して伝わらない“奥行き”や“温度感”をどう汲み取るかが大切です。
そこで今回は、フラの振り付けも行っている筆者が、ハワイ語の歌詞に込められた深い意味や、翻訳における注意点、そして翻訳者にできる“寄り添いの工夫”についてお伝えしていきます。
目次
1. 翻訳前に知っておきたい:ハワイ語の歌詞が持つ意味の深さ

ハワイアンソングには、地名がよく登場します。たとえば「Kaunakakai」や「Kalamaʻula」など、一見ただの地名の羅列に見える歌詞も、実はその土地にまつわる出来事や伝説、個人的な思い出を表現しているケースが少なくありません。
ハワイの文化において、土地(ʻāina)はアイデンティティそのもの。「どこの出身か」という問いは「あなたは何者か」とほぼ同義です。そのため、地名をそのままカタカナに訳すだけでなく、可能であればその土地の意味や背景を注釈で補足したり、訳文にその雰囲気をにじませる工夫が求められます。
また、ハワイ語の詩には自然を使ったメタファー(隠喩)が非常に豊富です。たとえば、海の波は感情の揺らぎ、風は愛しい人の訪れ、花は愛や美の象徴を表します。「Hiehie ke aloha i ka ʻiu lā」は直訳すると「愛しい人、太陽に届くほど愛している」となりますが、これを「天高く気高い愛」といった訳にすることで、詩の持つ美しさや余韻を日本語でも伝えることができます。
2. 多層的な意味:mele(歌)は「表・裏・心」

ハワイの歌(mele)は、単なる娯楽や詩情にとどまらず、「kaona(カオナ)」と呼ばれる「隠された意味」を含む場合が多くあります。表面的な意味(literal)、象徴的な意味(symbolic)、そして精神的・個人的な意味(spiritual)。これらが幾層にも重なり合い、歌そのものが「語らぬものを語る」表現の一つとなっています。
たとえば、ハワイ語の「pua」は「花」を意味するだけでなく、「大切な人」や「愛する者(特に若い女性)」を象徴することがあります。「lei」も首飾りであると同時に、「愛する人」「夫」「恋人」といった意味を含みます。そのため「花を贈る」「レイを首にかける」といった行為は、単なる装飾ではなく、恋愛や魂の結びつきを表す情熱的な表現とも受け取ることができるのです。
また、「uluwehiwehi(うっそうと繁る)」という言葉も、一見すると自然描写のようですが、文脈によっては官能的なニュアンスを持つことがあります。歌詞に使われる際には、「恋愛模様」を象徴するエロティックな含みを帯びることも少なくありません。たとえば、軽快で明るいリズムが印象的な「Kaimana Hila(カイマナヒラ)」は、ホノルルの象徴「ダイアモンドヘッド」やその周辺の風景を歌っているように見えて、実は男女の密かな逢瀬を描いた恋愛の歌とされています。また、「Papalina Lahilahi(パパリナラヒラヒ/かわいいほっぺ)」も、一見かわいらしいタイトルながら、裏を読めば大人の恋愛模様を豊かに描写したエロティックな一面があることで知られています。
このように、ハワイアンソングには、一見すると自然や純粋な愛を歌っているようでいて、実は亡き祖先へのオマージュや土地の精霊との対話、大人の情愛、さらには性の象徴までもが込められています。翻訳者はこうした多層構造を尊重し、すべてを説明しすぎず、あえて“余白”を残すことが大切です。その余白が、読み手の想像をふくらませ、言葉の向こう側にある豊かな世界を感じ取らせてくれるのです。
3. 歌詞翻訳で気をつけたい3つのポイント

①言葉を「置き換える」のではなく「感じ取る」
ハワイ語の単語には、一語に多くの意味が込められていることがよくあります。「aloha」はその最たる例で、単なる「こんにちは」「さようなら」だけでなく、「愛」や思いやり」、そして「心のつながり」といった深い霊的な意味を持つ言葉です。こうした単語を翻訳する際、単純に直訳してしまうと、本来の豊かさが薄れてしまうことがあります。文脈を丁寧に読み取り、歌い手がこの言葉に込めた想いに寄り添う姿勢が求められます。そのうえで、読み手の心にも自然に届くような表現に“編み直して”いくこと――それが歌詞翻訳において大切な視点です。
②抽象的な表現には「空気感」を添える
ハワイアンソングには、ふんわりとした余白のある表現が多く、日本語のように明確な主語・述語の構造をとらないこともあります。そのため、日本語に訳す際には、直訳すると詩情が損なわれることも。たとえば、“Ua ʻike au i ke aloha” は直訳すれば「私は愛を見た」ですが、「ふと感じた、愛の気配」とするなど、あえて曖昧さを残した表現の方が、元の歌詞の雰囲気に近づけることがあります。
③解釈を固定せず、聴き手の想像を誘う訳に
ハワイアンソングの美しさは、聴き手によって異なる感情や景色が浮かぶところにあります。だからこそ、訳文で説明を加えすぎてしまうと、想像の余地を奪ってしまうことも。翻訳者としては、どこまでを言葉にし、どこに「にじみ」や「曖昧さ」を残すか――そのバランス感覚が問われます。「あえて明確にしすぎないこと」もまた、翻訳者ならではの大切な技術なのです。
4. 翻訳者ができる“寄り添う工夫”

「音」と「リズム」に耳を傾ける
ハワイ語の歌は、詩としてのリズムと音の美しさが非常に大切です。たとえ意味が正確に伝わっていたとしても、訳文がそのリズムを崩してしまえば、歌の魅力は半減してしまいます。できれば原曲を繰り返し聴き、歌い手のテンポや抑揚、息づかいを体に染み込ませたうえで訳文に向き合いましょう。そうすることで、「訳された言葉から、まるで歌が聞こえてくるような」――そんな訳文が生まれるかもしれません。
注釈や訳者メモで背景を補足する
すべてを訳文の中で説明しきるのではなく、訳者あとがきや注釈という形で、歌詞の背景や土地の意味を伝えるのも一つの工夫です。特に観光案内やアートイベントなどで使われる場合、聴き手にとって親切な“橋渡し”になります。ハワイの文化や神話に馴染みのない人にも、訳文を通じてその世界観に少しでも親しみを持ってもらうために、「翻訳+ちょっとした解説」という構成はとても効果的なアプローチです。
「翻訳者=通訳者」である意識を持つ
翻訳者は、単なる言葉の変換者ではありません。文化と感情をつなぐ“通訳者”であり、心と心を結ぶ“橋渡し役”でもあります。特にハワイアンソングでは、歌い手の魂の表現を、別の文化圏の読者にどう届けるかが問われます。自分自身も「伝える一部」であることを意識し、「この歌が届けたい想いは何か?」と問い続けながら言葉を選ぶ。その丁寧な姿勢こそが、翻訳の質を一段と高めてくれるのです。
5. まとめ~音とことばの間にある、“ハワイの心”を訳すために~

ハワイアンソングの翻訳は、常に「訳しきれないもの」と向き合う営みです。土地の名に込められた記憶、自然のリズムとともに流れる想い、 kaona(隠された意味)が重なりあう象徴の層。それらは、辞書や文法だけでは解けません。
求められるのは、「正確な意味を伝えること」だけではなく、「どうすればこの歌の響きが、別の文化の心にも触れるか」を問い続ける姿勢です。一語の訳に悩み、すべての意味を取りきれなくても、そこに向き合い続けることで見えてくるものがあります。
ハワイの人々が歌に込めるのは、言葉を超えた「音」と「空気感」。だからこそ、訳すときには「正しさ」よりも「響き」が届くかどうかを大切にしたい。その歌に耳を澄ませ、音の向こうにある心に触れたとき、たとえ母語ではなくとも、聴き手の胸にふわりと届くものがあります。それは「翻訳」ではなく、「通い合い」や「共鳴」と呼べる何かかもしれません。
私たち翻訳者が築こうとしているのは、言葉の橋ではなく、「心が通い合う橋」なのだとあらためて思います。翻訳という作業は「意味をすべて説明する」ことではなく、「意味の奥行きを伝える」こと。特にハワイアンソングは、「明言しない」美しさを含んでおり、文化を理解し、その言葉の味わいや深みを伝えるという醍醐味を、きっと味わえるはずです。
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著者プロフィール
YUKA ITAHA
テレビラジオ業界でナレーターとして25年、フラ教室主宰15年とエンタメ業界一筋で生きてきたが、コロナ禍をきっかけに長年の夢だった翻訳業務を開始。
ハワイへは年に数回渡航。日々変化していく生きた英語に触れながら、
異文化間の思考の違いや取り組み方の違いを肌で感じ、
その違いを相互理解しながら埋めていくための一助となるべく、目下、邁進中。
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