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実は深い翻訳業界㊾~ Z 世代に伝わる「夏の空気感」はどうクリエイティブに訳せるか

カラフルな壁の前でスマートフォンを手にセルフィーを撮る若い女性。レインボーサングラスと帽子が特徴的。

デジタルネイティブとして育ち、SNS を通じて日々新しい言葉やビジュアル、価値観に触れながら情報を消費し続けている Z 世代。たとえば、何かを購入しようとするとき、彼らにとっては、「機能性」や「価格」よりも、「その瞬間の気分や雰囲気に合うかどうか」が大きな判断基準となります。マーケティング戦略ではブランドが伝えたい価値が Z 世代の感性に“共鳴”するかどうかが重要であり、翻訳においてもその視点が欠かせません。


今回のブログではそんな若い視点に立ち返り、彼らに響くことばの表現とは?を探っていきます。


感覚で動く Z 世代。翻訳でも「空気を読む力」が重要に


Z 世代は、広告コピーやプロモーションの文章に触れたとき、それが自分の世界観や今の気分とマッチしているかを直感的に判断します。論理的な説明よりも、その言葉が持つ「空気感」や「感情の揺らぎ」の方が響くのです。そのため翻訳者には、言語の正確さだけでなく、“その表現が生まれた背景や雰囲気”を感じ取って再構築する感性が求められます。


たとえば、ファッションやビューティー業界でよく見かける ”Golden hour glow(夕暮れ直前の光が肌を照らす輝き)” という表現。直訳すれば「黄金の時間の輝き」ですが、Z 世代が求めているのは論理的説明ではなく、「夏の夕暮れに心まで満たされる一瞬」という情緒的な空気感です。こうした空気感まで訳すには、その「感覚」をすくい取り、日本語に再構築する必要があります。


金色の光に包まれる夕暮れ時は、セルフィー撮影にもベストなタイミング。セレーナ・ゴメスが Golden Hour により一層輝くためのコツをシェアしている Vogue の記事。
金色の光に包まれる夕暮れ時は、セルフィー撮影にもベストなタイミング。セレーナ・ゴメスが Golden Hour により一層輝くためのコツをシェアしている Vogue の記事。

キーワードは「トレンド×エモ」。いま翻訳者に求められる視点


Z 世代の言葉は、トレンドと感情を掛け合わせた「トレンド×エモ」型のスラングが多いのが特徴です。たとえば、2024年に話題になった ”Brat Summer” は、歌手 Charli XCX のアルバム『Brat』から派生し、わがままでも自分らしく堂々と生きるという価値観が SNS を通じて爆発的に広まりました。このトレンドはファッションやメイク、さらにはアメリカの政治キャンペーン(カマラ・ハリス陣営)でもパロディ的に使われるなど、文化的な広がりを見せたのも記憶に新しいのでは。


こうしたスラングを翻訳する際にも、Z 世代が抱く肯定的なニュアンスや共感ポイントを意識することが大切です。“Brat = 単に ”わがまま” と訳してしまうと、翻訳者は単語の意味を追うだけでなく、「Z 世代がなぜこの言葉に共感したのか」「どんな空気の中で使われているのか」を読み解くことで、ただの言葉の意味を超えて、“価値観の翻訳”ができるようになります。


キャプション:Charli のアルバム『Brat』に収録の人気曲



各国 Z 世代の「夏スラング」を比較してみた


スプレーアート風の世界地図。各大陸にカラフルなグラフィティが描かれている。

英語圏で使われる「夏らしい」表現とそのニュアンス


英語圏では夏を象徴するスラングが次々と生まれています。

トレンド名

起源

雰囲気・テーマ

ファッション

夏の過ごし方

Brat Summer

2024年 Charli XCX のアルバム Brat

少し乱れてても OK、自分らしく堂々と。ライムグリーン美学。

ライムグリーンの差し色、ゆるいシルエット、無造作感

フェス、夜遊び、SNS にあえてブレた写真

Hot Girl Summer

2019年 Megan Thee Stallion

自信全開・華やか・主役は自分

派手色・肌見せ・トレンド感強め・セクシー

旅行、パーティー、ナイトライフ

Soft Girl Summer

「Soft Girl」美学(2019〜)派生

優しい・ロマンチック・ガーリー

パステルカラー、花柄、レース、ゆるふわ髪

ピクニック、花畑、カフェ巡り、読書

Feral Girl Summer

SNS ミーム(2021頃)

野性味・無計画・“ちょっとヤバい”楽しさ

水着+Tシャツ、汚れても OK な服、すっぴんも多い

即興旅行、朝まで飲み、衝動的な遊び

これらの表現は、“Summer Vibes” や “Sunkissed” といった定番ワードを軸に、Z 世代が自身の夏をどう楽しみたいかを表現する新たなスラングです。


加えて “Vitamin Sea” や “Slaycation” なども人気で、これらの表現は、単なる季節感の伝達を超えて、ライフスタイルや価値観を象徴するメッセージとして機能しています。

“Vitamin Sea”は “Vitamin C”と “Sea”(海)を掛け合わせた遊び心ある表現で、栄養素であるビタミン C が身体に必要なように、海が心と体に必要な癒しであるという意味合いを持ちます。SNS のキャプションで、“Getting my daily dose of vitamin sea."(「今日もビタミン C 補給中」)、“I need vitamin sea” (「今すぐ海行きたい!」)という感じで使われます。


“Slaycation” は、“Slay” と “Vacation” を掛け合わせた造語。“Slay” は元々 AAVE(アフリカ系アメリカ人の英語)や LGBTQ のコミュニティ発祥のスラングでしたが、SNS で若者の間で人気になり、現在では「めっちゃイケてる!」「最高!」といった褒め言葉として広く使われるようになっています。特に若い女性を中心に、ファッションや容姿、パフォーマンスを褒めるときや、場の雰囲気を盛り上げたいときに多用されます。たとえば、"You slayed that outfit, girl."(そのコーデ、完璧~!)のように使われます。



日本語の Z 世代スラングと翻訳時の注意点


日本語では「エモい」「メロい」「Delulu」などが特徴的です。


  • エモい:感傷的・懐かしい・切ないといった感情を一言でまとめる便利な言葉。英語で近い表現は “hits different”や “in my feels”。

  • メロい:心地よい音楽や映像、人物に対する“とろけそうな感情”。英語スラングの “ate and left no crumbs” や “slayed me” のように、「圧倒されるほどの魅力」に近い。

  • Delulu(delusional の略):本来は「妄想」という意味だが、Z 世代の間では「推しとの妄想に浸る」ことを肯定的に表現。“delulu but in a cute way” のように、自己肯定感の延長として使われるポジティブな文脈が特徴。


こうしたスラングを翻訳する際には、「言葉の意味」だけを追うのではなく、その言葉が生まれた文化的背景や感情のトーンを汲み取る必要があります。たとえば「エモい」を “emotional”とすると、Z 世代のニュアンスとは大きく乖離します。翻訳者に求められるのは、辞書的な訳ではなく、「この表現が、なぜ Z 世代に響いているのか?」を理解したうえで、日本語での“共感”に変換する力です。



事例で学ぶ:夏のブランドプロモーション翻訳術


日本の商店街で、自動販売機のメニューをスマートフォンで確認している若い女性。

ファッションブランドの「夏コピー」をどう訳す?


  • Gap — “A creative destination to inspire your summer.” → 直訳の「夏をインスパイアする創造的な目的地」よりも、「この夏をもっとクリエイティブに楽しもう」と意訳することで、Z 世代のライフスタイルに寄り添った、軽やかで前向きな響きを演出できます。

  • H&M — “Summer 2025 Campaign Delivers Island Vibes” → 「アイランドの空気感を届ける」ではやや説明的で広告コピーとしての魅力に欠けます。「南国ムードをまとう2025年夏の新作」と意訳することで、リゾート感や非日常性を効果的に伝え、Z 世代の感性にもフィットします。


ここで重要なのは「直訳で正しいか」ではなく、「文脈と美学を再現できているか」です。たとえば “Beachcore” や “Cottagecore Summer” といった aesthetic 系ワードは、単なるファッションカテゴリではなく、その世界観全体を指す用語として使われます。これらを翻訳する際には、単語に引きずられることなく、「ビーチ的世界観」「田園ロマン美学」といった言い換えによって、その空気感をしっかり表現することが求められます。



音楽フェスやプレイリストの“チル系”表現はこう訳す


音楽シーンにおいても、“Good Vibes Only”、“Endless Summer Energy”、“Sun-drunk”といった感覚ベースの英語表現が数多く使われています。これらは英語のままでもイメージしやすい言葉ですが、直訳だけではニュアンスが伝わり切らないことも多いです。

以下は一例です:


  • “Good Vibes Only” : 直訳すると「ポジティブだけを集めた」ですが、意訳としては → 「いい気分しかいらない」/「ハッピーだけでいこう」 などが SNS 感にマッチ。

  • “Sun-drunk” :直訳では「日差しに酔う」。 → 「太陽にとろける午後」「夏の日差しに酔いしれる」と意訳すれば詩的で映える。

  • “Endless Summer Energy” : → 「夏が終わらないテンション」/「夏気分、無限ループ中」 といった言い回しで Z 世代にも親近感ある表現に。


このように、媒体やターゲットの文脈に応じて翻訳を広げる柔軟さが、Z 世代に刺さる翻訳には不可欠です。意味を正確に伝えるだけでなく、“共感される体感”として届ける視点が、マーケティング翻訳の成功を左右します。



“雰囲気”を訳す:トランスクリエーションの現場から


日差しが差し込む窓際のデスクに、アイスティー、ノートパソコン、サングラス、イヤホンが置かれている。

文化理解×創造力が求められる理由


Z 世代は、「完璧で整ったもの」よりも「リアルで共感できるもの」に価値を感じる傾向があります。たとえば “Brat Summer”のようなトレンドが支持されるのは、少し乱れていても自分らしくあることを肯定する価値観が広がっているからです。翻訳も同じで、ただ言葉を整えるだけでは十分とは言えません。その文化がもつ「空気感」や「温度感」をすくい取って再構築する必要があります。文法的に正しくても、「その言葉が生まれた文化のニュアンス」が抜け落ちてしまえば、Z 世代の心には届きません。


AI 翻訳では通じない、感性ベースの言葉選び


AI は高速かつ高精度な翻訳が可能ですが、文脈や空気を読む力はまだ限定的です。たとえば、“Sun’s out, buns out” というカジュアルな表現を、機械翻訳が「太陽が出て、お尻が出る」と直訳してしまう例があります。これは確かに字義的には間違っていませんが、文脈を知らないと意味が伝わらず、ユーモアも抜け落ちてしまうのです。翻訳者なら、「これはビーチで肌見せファッションを楽しむときの決まり文句」だと判断し、「夏は肌見せで解放感」といった自然な日本語に落とし込むことができます。こうした感性ベースの判断と調整は現時点で AI には難しい領域です。まさにここに、翻訳者の存在価値があるといえるでしょう。



Z 世代に刺さる翻訳の実践 Tips


アニメ調で描かれた5人の若者がストリートに立ち、個性的なファッションをしている。

言葉を「使う側」の視点で選ぶ


翻訳者は、Z 世代が実際にどんな言葉を使い、どんな美学に共感しているかを理解し、それに寄り添うことが求められます。たとえば、Instagram でよく見かけるキャプション “Salty hair, don’t care” は、辞書的な訳よりも「バケーション気分全開」「潮風ヘアも気にしない、髪がゴワついても夏が楽しければ OK」といった、ライフスタイルや価値観を踏んだ表現で訳すことで、Z 世代の感覚によりフィットします。


訳語は「一言」で決めず、場面に応じて柔軟に


同じ “Summer Vibes”でも、「夏っぽい気分」、「開放感100%」、「太陽に恋する瞬間」と文脈に応じてさまざまに訳し分けることができます。さらに、「Free as a bird(自由そのもの)」「Ghost mode activated(ゴーストモード起動中=人付き合いおやすみ)」といった表現も、一つの訳後に固定せず、コンテキストによって感覚的に広げていくことが、Z 世代に“刺さる”翻訳のカギになります。



まとめ:翻訳者が「ことばのセンス」でマーケティングを支える時代へ


ノートパソコンや文房具が並んだデスク上に「vibes」「summer」「translated」「energy」と書かれている。

Z 世代の夏スラングは、“Hot Girl Summer” から “Brat Summer”、“Soft Girl Summer”まで、毎年のように進化を続けています。その影響はファッションやライフスタイルにとどまらず、時には政治的な文脈にまで波及するほど。こうした言葉を単に直訳するだけでは、ブランドが伝えたいメッセージは的外れになり、空回りしてしまいます。


今求められているのは、文化理解と感性を武器にした「トランスクリエーション」です。翻訳者は、もはや単なる言葉の置き換え役ではありません。ブランドの世界観を Z 世代に届ける、“共感クリエイター”としての役割が、これまで以上に重要になっているのです。



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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。




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