実は深い翻訳業界【54】~1年を左右する!翻訳プロジェクトの“最初のヒアリング”成功術
- SIJIHIVE Team

- 5 日前
- 読了時間: 8分

翻訳プロジェクトで起きるトラブルの多くは、実は「翻訳作業そのもの」ではなく、その前段階で生まれています。
「思っていた仕上がりと違う」
「あとから条件が変わった」
「そんな話、聞いていない」
翻訳の現場では、こうした声を耳にすることが少なくありません。そして、その原因をたどっていくと、ほぼ必ず行き着くのが最初のヒアリングです。翻訳プロジェクトにおける最初のヒアリングは、単なる要件確認ではありません。その後数か月、場合によっては1年単位で続くプロジェクトの方向性を決める、非常に重要な工程です。
この記事では、翻訳業界の現場視点から、なぜ最初のヒアリングがプロジェクト全体を左右するのか、そして成功するヒアリングには何が必要なのかを解説していきます。
なぜ翻訳プロジェクトで「最初のヒアリング」が重要なのか

翻訳プロジェクトで起きるトラブルの多くは、実は翻訳が始まる前にすでに芽を出しています。この章では、翻訳業界の現場で実際に起きている「認識のズレ」の構造をひもときながら、なぜ最初のヒアリングが翻訳品質そのものを左右するのかを整理していきます。
翻訳トラブルの多くは翻訳前に始まっている
翻訳に関するトラブルというと、完成した訳文の品質に原因があるように思われがちです。しかし、翻訳会社や翻訳者の立場で案件を振り返ると、実際には翻訳作業そのものが問題になるケースはそれほど多くありません。むしろ多くの場合、翻訳が始まる前の段階で、すでに小さな認識のズレが生まれています。
たとえば、発注側は「海外向け Web サイトに掲載するため、読みやすさを重視した翻訳」を想定していたとします。一方で翻訳側は、「企業の公式情報として、正確性を最優先すべき文章」と捉えて作業を進めていたとしたらどうでしょうか。どちらの考え方も間違いではありません。しかし、この前提が共有されていなければ、完成後に「イメージと違う」という違和感が生じます。
このとき問題になるのは、翻訳者の能力ではありません。翻訳に求めるゴールが、言語化されていなかったことにあります。翻訳は、原文を別の言語に置き換える作業ではなく、文脈や目的を含めて、別の言語環境に再構築する行為です。その前提が曖昧なまま進めば、どれほど丁寧に翻訳しても、ズレは避けられません。
ヒアリングは「確認」ではなく「設計」の工程
「ヒアリング」と聞くと、条件を聞いたり、要望を整理したりする事務的な作業を想像する方も多いかもしれません。しかし、翻訳プロジェクトにおけるヒアリングは、単なる確認作業ではなく、翻訳全体を設計する工程です。
たとえば、次のような点が整理されているでしょうか。
この翻訳は誰に向けたものなのか
どのような場面で使われるのか
読み手にどんな印象や理解を持ってほしいのか
これらを明確にしないまま翻訳を始めることは、設計図のないまま建物を建てるようなものです。完成するまで全体像が見えず、完成してから初めて「思っていたものと違う」と気づくことになります。
一方、最初のヒアリングで翻訳の目的やゴールが共有されていれば、翻訳者は判断に迷うことなく作業を進めることができます。どこまで意訳するか、どの程度説明を補うか。こうした判断も一貫した基準のもとで行われるため、結果として品質の安定した翻訳につながります。
プロジェクトを安定させるヒアリングのポイント

ヒアリングの質は、翻訳プロジェクトの安定性に直結します。この章では、翻訳の現場で特に重要とされる「何を聞くか」ではなく「どう聞くか」に焦点を当て、プロジェクトをブレさせないためのヒアリングの考え方を具体的に解説します。
目的・用途・読み手をどう聞き出すか
ヒアリングの場でよく交わされる質問に、「この翻訳は何に使いますか?」というものがあります。もちろん重要な質問ですが、それだけでは十分とは言えません。なぜなら、「用途」という言葉自体が非常に幅広く、解釈に差が生まれやすいからです。
たとえば「営業資料」と聞いた場合でも、それが初回商談用なのか、詳細説明用なのか、あるいは社内の決裁者向けなのかによって、適切な翻訳は大きく異なります。さらに、読み手が専門知識を持っているのか、初めてその分野に触れるのかによっても、言葉選びや説明の深さは変わります。
そのためヒアリングでは、用途そのものだけでなく、「どのような場面で、どのように読まれるのか」を具体的にイメージすることが重要です。たとえば、「読み手は流し読みするのか、じっくり読み込むのか」「読後に理解してほしいのは事実関係なのか、それとも企業としての姿勢や信頼感なのか」。こうした点を丁寧にすり合わせることで、翻訳の方向性は格段に明確になります。
あいまいな要望を言語化するコツ
翻訳のヒアリングで特に難しいのが、「自然な表現で」「分かりやすく」といった抽象的な要望への対応です。これらの言葉は一見すると分かりやすいようで、実際には人によって受け取り方が大きく異なります。
ある人にとっての「自然な表現」は口語的で親しみやすい文章を指すかもしれません。一方で別の人にとっては、過度な意訳を避けた落ち着いた表現を意味することもあります。そのため、こうした要望をそのまま受け取って翻訳を進めると、完成後に認識のズレが表面化しやすくなります。
良いヒアリングでは、こうした抽象的な言葉をそのままにせず、具体的な判断基準へと落とし込んでいきます。たとえば、過去の翻訳例を見ながら「これはイメージに近いか」「これは避けたい表現か」を確認したり、参考にしたい文章のトーンを共有したりします。このようにして少しずつ共通認識をつくっていく。このプロセスこそが、ヒアリングの本質と言えるでしょう。
翻訳者・コーディネーターが押さえておきたい確認項目

ヒアリングで共有された内容は、翻訳者やコーディネーターが判断を行うための「共通言語」になります。この章では、後工程での手戻りや認識ズレを防ぐために、プロジェクトの初期段階で必ず共有しておきたいポイントを整理します。
表記・トーン・参考資料などの共有事項
翻訳プロジェクトでは、表記や文体、トーンといった要素が後から問題になりやすいポイントです。たとえば、次のような点は、あらかじめ確認されているでしょうか。
専門用語は英語のまま残すのかそれとも日本語に置き換えるのか
文体は丁寧語が良いのかそれとも簡潔な常体が良いのか
企業としてどの程度フォーマルな印象を保ちたいのか
これらは翻訳の品質を左右する重要な要素ですが、初期段階では「細かい話」として後回しにされがちです。しかし実際には、ここを曖昧にしたまま進めるほど、後工程での修正負担は大きくなります。最初に共有されていれば一度で済んだはずの調整が、納品後に何度もやり直される。こうしたケースは、決して珍しくありません。
スケジュールと優先順位のすり合わせ
スケジュールについても、単に納期を決めるだけでは十分とは言えません。たとえば、次のような点です。
どの程度の完成度を求めているのか
精度とスピードのどちらを優先すべきなのか
途中で確認や修正の余地はどのくらいあるのか
これらが共有されていないと、プロジェクトの途中や終盤で期待値のズレが生まれやすくなります。翻訳の現場では、「そこまで詰めるとは思っていなかった」「もっと早く仕上げてほしかった」といった言葉が、後から出てくることがあります。こうしたすれ違いも多くの場合、最初のヒアリングで優先順位が整理されていなかったことが原因です。
良いヒアリングがもたらす、プロジェクト全体への効果

丁寧なヒアリングは、翻訳の品質だけでなく、プロジェクト全体の進み方や発注側と翻訳側との関係性にも影響を与えます。最後に、良いヒアリングを行うことで得られる短期的・長期的なメリットについて整理していきましょう。
修正が減り、関係性がスムーズになる
丁寧なヒアリングを経て進められた翻訳プロジェクトでは、修正の回数が明らかに減ります。判断基準が事前に共有されているため、翻訳者も発注側も迷いが少なく、やり取りそのものがスムーズになります。その結果、プロジェクト全体のスピードと安定性が向上します。
これは、単なる作業効率の改善ではありません。「前提がきちんと共有されている」という安心感が、コミュニケーションの質そのものを高めているのです。
未来を見据えた翻訳パートナーへ
良いヒアリングを積み重ねていくことで、翻訳会社は単なる外注先ではなく、プロジェクトの文脈を理解したパートナーへと変わっていきます。毎回すべてを説明しなくても意図が伝わり、一歩先を見据えた提案ができる関係性は、短期的なコスト以上の価値を生み出します。
最初のヒアリングは、目の前の翻訳品質を高めるためだけの工程ではありません。それは、長期的に信頼できる翻訳体制を築くための、最も重要な投資なのです。
まとめ

翻訳プロジェクトの成否を左右するのは、翻訳作業そのものではなく、最初のヒアリングにあります。目的や用途、読み手、トーン、優先順位といった前提が共有されていないまま進めば、どれほど丁寧に翻訳してもズレは避けられません。一方で、初期段階で判断基準をすり合わせておくことで、修正は減り、プロジェクトは安定して進みます。最初のヒアリングは、単なる確認作業ではなく、翻訳の品質と関係性を支える「設計」の工程です。丁寧なヒアリングこそが、長期的に信頼できる翻訳体制を築く土台となります。
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。

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