こんにちは、ナレーター、英日翻訳者、フラ講師の板羽柚佳です。
私はこの道25年の現役ナレーター。ナレーションやハワイ関連のお仕事を主に活動していますが、数年前に若いころからの夢だった翻訳者となり、翻訳の仕事もするようになりました。
現在、あるナレーターコミュニティで、音声データの売買取引に特化したプラットフォームを介して海外案件を受注すべく活動するナレーターさんたちを支える業務についています。
主に、発注者から送られてくる DM(ダイレクトメッセージ)の和訳や、海外案件を受注したナレーターさんが取引先に送るメッセージの翻訳です。業界内では当たり前の表現でも、一般的には「ん?どういうこと?」となる表現が多い業界専門用語。今回は、実際のエピソードも交えてご紹介していきます。
海外案件ナレーターってどんなふうに仕事をしているの?
日本のナレーターや声優さんは海外でも、とても人気があります。そのポイントはアニメ文化とともに拡大してきた人材による、多種多様で独特な声質と滑舌の良さ。その需要は多岐に渡りますが、特に多いのがオリジナルアニメーションへのアフレコです。
日本のアニメーションを意識して制作されたアニメーションが、海外の様々なサイトやコンペティションなどに出品されており、その映像へ日本語でアフレコをしてほしいというオファーがその大半を占めています。オファーに対してナレーターさんたちは、発注元がどのような声や話し方を求めているのかを確認し、独自の収録システムを駆使し、録音や整音をして納品するというのが通常の流れです。
どんなふうに業務を受ける?
プラットフォームにいくつかサンプルボイスをアップロードし、クライアントからのオファーを待つわけですが、その流れの中で、DM でやりとりが発生していきます。あるシステムを使用してアフレコしてほしい、という依頼のあとで改めて送られてきた DM がこちら。
“Trust me the first batch you will think it hard. But you will familiar with how it work. You can do this.”
全く英語がわからないナレーターさんが翻訳アプリを使うと「最初のバッチ(処理)は難しいでしょうしかし、あなたはそれがどのように機能するか慣れるでしょう。あなたにもできるはずです」。このような訳となり、「どういうこと?」となってしまいました。
ナレーターさんの飛躍を願う翻訳者としてできることは?
クライアントさんの真意が伝わるように訳すにはどこに配慮すれば良いか・・・。まず注目すべきは“first batch”。“batch”は一束、一団、1回分、ひとまとまりの数量、束、群れという意味ですが、どの単位も業界用語には当てはまるものがありません。なんと表現すればナレーターさんたちはしっくりくるのか?
ナレーターさんや声優さんの業務は台本を読むこと。ということで“first batch”は「読み始めは…」と訳すことにしました。
そして英語を話す人ならよく耳にする”how it work”。「どう機能するか」という意味。そこで、そのシステムを使って収録(作業)をするということを踏まえ、「読み始めはすこし大変かと思いますが、そのシステムでの収録にもそのうち慣れてくるかと思います」。
最後の”You can do this.”は直訳すると若干上から目線?!(笑)な文面となってしまいますので、すこし意訳する感じになってしまいますが、「大丈夫だと思います」と訳し、「読み始めはすこし大変かと思いますが、そのシステムでの収録にもそのうち慣れてくるかと思います。大丈夫ですよ(^▽^)」とナレータさんへお送りました。
受け取ったナレーターさんの反応は、「なるほど!大変そうですが、やってみます!」とのことでした。その後、そのクライアントさんからは定期的にオファーが来ているそうです。
では、逆にナレーターさんから海外のクライアントさんに向けた DM を訳す場合にはどこにポイントを置いているのか…。まず、専門用語を英訳しやすい一般的な表現に変えること。日本人ならではのあいさつ、「いつもお世話になっております」、「どうぞよろしくお願いいたします」などを伝えたい内容や状況を踏まえ、受け取る側が違和感のないように変換英訳することです。
また、ある時、ナレーターさんからこのようなメッセージの英訳を依頼されました。
「尺が合わないところはすこし削っていますが、意味は変わっていません。」
これをそのまま訳すと、“The meaning has not changed, although the scale has been slightly reduced where it does not fit.”となり、何だかわかるような、わからんような文となってしまいました。
そこで、「尺(実際にセリフをはなしている時間の長さ)の合わない部分は、話している内容に差異がない様にセリフを削りました。」と日本語を変換し、英訳しました。すると依頼元のナレーターさんから、「私が考えたメッセージを翻訳アプリにかけると何だか妙な英文になってしまったので、依頼をさせていただきました。なるほど!つまり、英語に訳すには言葉が足らなかったのですね!」という感想をいただきました。お役に立てて、嬉しい瞬間です。
まとめ
展開の早いやりとりが可能な DM やチャットは便利な分、伝えたい言葉が省略されすぎていることで汲み取りにくい内容や文章となっていることがよくあるようです。原文に等価であるということが基本とされている翻訳業務ですが、この DM 翻訳という業務においては、人と人、あるいは企業と個人を繋ぐ役割を担っているという意識を持ち、相手への敬意や思いやり、寄り添いの気持ちをもって翻訳業務に関わっています。
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著者プロフィール
YUKA ITAHA
テレビラジオ業界でナレーターとして25年、フラ教室主宰15年とエンタメ業界一筋で生きてきたが、コロナ禍をきっかけに長年の夢だった翻訳業務を開始。ハワイへは年に数回渡航。日々変化していく生きた英語に触れながら、異文化間の思考の違いや取り組み方の違いを肌で感じ、その違いを相互理解しながら埋めていくための一助となるべく、目下、邁進中。
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