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執筆者の写真SIJIHIVE Team

実は深い翻訳業界㉝~侮るなかれ、メニュー翻訳の落とし穴




「ホイコーロー」「タンタンメン」「ショーロンポー」…


これらはご存じの通り、中華料理のメニューです。中国語で書くと「回鍋肉」「担々麺」「小籠包」で、発音をカタカナでより正確に表記するとすれば、「ホイゴウロウ」「ダンダンミエン」「シャオロンバオ」ですが、なんだか物々しい感じです。


上に挙げた3つのメニューはすでにカタカナ表記が定着しているため、自ら翻訳することを考える必要がありませんが、四川料理の定番メニューである「鱼香茄子(Yú xiāng qiézi)」「宫保鸡丁(Gōng bǎo jī dīng)」はどう訳しますか?(興味のある方は検索してみてください。この2つのメニューはあとで登場します!)


さて、今回のテーマは中国語ではなく、英語からのメニュー翻訳にフォーカスします。この記事を読めばメニュー翻訳の難しさと面白さに虜になるかも…?!



メニュー翻訳は簡単?



翻訳者の方なら同意なさる点かと思いますが、翻訳の大変さは翻訳量の多さに比例する訳ではありません。つまり、10ワードの翻訳が1000ワードの翻訳よりも難しいことは多々あります。そして、メニュー翻訳はその典型だといえるでしょう。


1つのメニューはワードにして2ワードから5ワードくらいが多いですが、短ければ短いほど難儀を強いられることがあります。例を挙げてみましょう。


「Ranch(ランチ)」とは、アメリカで不動の人気を誇るバターミルクやサワークリームを使ったドレッシングの一種です。しかし、「ランチ」とそのままカタカナで記載すると、何のことやら分からない日本人が大半でしょうし、おそらく多くの人は「Lunch」と勘違いしてしまう可能性大です。本当は「ドレッシング」というより「ソース」に近い濃厚さが特徴ですが、一般的には「ランチドレッシング」と翻訳されています。



カタカナがあるからややこしい



英語メニューの日本語翻訳が悩ましい一つの理由にカタカナがあります。カタカナは便利でありながら、翻訳者にとってはどう使うのかが難しいツールなのです。


メニューのカタカナがすでに日本語として浸透している場合や、英語でブランド化されており、名称が知られているものはカタカナで残します。中国語を例にすれば、先に挙げた「ホイコーロー」や「タンタンメン」はそのままで良いでしょうが、「鱼香茄子(Yú xiāng qiézi)」を「ユーシャンチエズ」、「宫保鸡丁(Gōng bǎo jī dīng)」を「ゴンバオジーディン」とカタカナ表記しても何のことやら分からない人がほとんどでしょう。


そのため、「鱼香茄子(Yú xiāng qiézi)」は「ナスとひき肉の魚香風味炒め煮」、「宫保鸡丁(Gōng bǎo jī dīng)」は「鶏肉とナッツの炒め物」などと訳されます。


英語も同様で「french fries」は「フライドポテト」が定着していますし、「corn dog」は「アメリカンドッグ」と訳されているため、「英語としては変なんだけど…」とぶつぶつ言わずにすでに浸透しているメニュー名で訳すしかありません。



メニュー翻訳はこうやって進める!



では、実際にメニュー翻訳をする場合、どんな手順で進めるべきでしょうか?


まず、最初にやっておきたいのはメニュー名をネットで写真検索して、ビジュアルを確認しておくことです。上に挙げた「フライドポテト」や「ソフトクリーム」、「アメリカンドッグ」であれば必要ないですが、イメージできなければ翻訳することはできません。


メニューによっては固有名詞を含むものがあります。例えば、日本でも人気の、フロリダ生まれのシーフードレストラン「レッドロブスター」のメニューには「Walt’s Favorite Shrimp」があります。「ウォルトって誰?」と思ったら、こちらもリサーチが必要です。ちなみにウォルトさんは創業者の名前ではなく、レッドロブスターの初期の従業員だそうです…皆さんでしたら何と訳すでしょうか?さしずめ「ウォルトおじさんのシュリンプフライ」でしょうか!


さらに日本語でカタカナ表記が浸透しているメニューはそのまま残すと述べましたが、時にはあまり浸透してなくてもカタカナ表記としたいケースもあります。それは響きがキャッチ―で、そのメニューのイメージを消費者に伝えられる場合です。


例えば、「Calamari(カラマリ)」が「イカフライ」のことだと分かる日本人は多くはないでしょうし、「カラマリ」というカタカナ名が日本に広く浸透しているとはいえません。ただ、日本人にとってとても心地よい響きですし、海外在住経験のある日本人の方にとっては馴染みのある言葉であるため、場合によっては「イカフライ」よりも「カラマリ」と訳す方が好まれることもあります。



あなたならどう訳す?レッドロブスターのメニュー(演習編!)



さて、レッドロブスターのいくつかの人気メニューを挙げますので、あなたならどう訳すかを考えてみてください。


1.WILD-CAUGHT CRUNCH-FRIED FLOUNDER

2.PERFECTLY GRILLED FISH

3.STUFFED FLOUNDER


1では、「CRUNCH-FRIED」をどう訳すが腕の見せどころでしょう。美味しさと音の響きを考えると、「カリカリフライ」や「カリカリ焼き」が良いかもしれません。例えば、「天然カレイのカリカリ焼き」はいかがでしょうか?


2では、「PERFECTLY 」の訳し方が悩みどころです。「パーフェクト魚フライ」では何のことやら分かりません…例えば、「旨味最高!魚のグリル」とか「旨味凝縮!魚のグリル」など具体性を持たせて訳するとイメージが沸きやすくなります。


3の「STUFFED 」だけではちょっとぼんやりしているので、こんな場合にビジュアル確認が必要になります。「カレイの詰め物」では美味しそうに思えませんよね。そこで「カレイの海鮮詰め」などと訳すと、具体的な雰囲気が伝わるのではないでしょうか?



まとめ

メニュー翻訳が向いているのは何といっても「食いしん坊」!そして、日本語の感性を磨いている人ではないでしょうか?翻訳者に求められるスキルが決して外国語だけではないことがよくお分かりいただけたと思います。


今度、レストランや中華料理店に行きメニューを見る機会があれば、翻訳者が頭を抱えて訳した「作品」であることに少し思いを馳せてみてください。

(個人店や海外のお店などでは思わず笑ってしまう日本語のメニューに遭遇することがありますが、それもまたご愛敬)



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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。


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