実は深い翻訳業界⑪〜翻訳の PM って何するの?



翻訳業界において「PM」とはいうまでもなく、「プロジェクトマネージャー」のこと。フリーランスで翻訳やライターの仕事をしているなら、きっとプロジェクトマネージャー(以下、PM)の役割の大きさを実感していると思います。

気持ちよく翻訳の仕事に集中できるかどうかは、PM の仕事ぶりにかかっているといっても過言ではありません。


今回は翻訳業界における PM の役割とはそもそも何なのか、またその仕事の具体的な工程についてご紹介します。


PMの仕事は「司令塔」


以前の「実は深い翻訳業界④」の記事ではたびたび野球やサッカーを例に取り上げました。

ここでも再びスポーツを例にすると、PM の役割はチームの「司令塔」といえるかもしれません。つまり、サッカーでいえばミッドフィルダー、バレーボールでいえばセッター、カーリングでいえばスキップの役割です。


これらのポジションはどれも必ずしも前に出て目立つわけではありません。どちらかというと一歩引いた位置で、チーム全体を見渡してパスや指示を出し、試合の流れをコントロールする選手を指します。


試合に勝つためのポイントを決めるのは別のポジションの選手ですが、それをいわば「お膳立て」するのが「司令塔」です。爽快なゴールやアタックの前には必ず息をのむような絶妙で美しいパスやトスを出す司令塔がいることを忘れることはできません。



プロジェクトはスポーツの試合のようなもの


プロジェクトのメインは翻訳作業ですが、以前の記事でも紹介したとおり、その前後には多くの工程が存在します。プロジェクトの開始から終了まで全工程を管理し、翻訳者、レビュアーなどそれぞれのチームメンバーが気持ちよくストレスなく仕事ができるよう PM は動きます。


フリーランスで仕事をしていると、時に PM のレスポンスのタイミングが絶妙だったり、いただくメッセージに奮い立たされたりすることがあります。そうしたいわば「うっとりするような」パスを出せる PM に出会えることはフリーランスの翻訳者が経験できる幸せといえるかもしれません。


PM は単に納期管理に厳しい冷酷な監督官のような存在ではありません。それだけなら、リマインダーに任せておけばよいでしょう。実のところ、PM の本質は納期や仕事のマネジメントではありません。その真骨頂は人のマネジメントであり、何よりもチームメンバーの個性やスキル、適性を理解していなければなりません。


特に翻訳のほとんどのプロジェクトは大規模なものも含めて、基本的にはオンラインで進められるため、PM には全体を俯瞰する能力に加えて、高いコミュニケーション能力と人に対する洞察力が求められるといえるでしょう。


PM の業務工程


次に PM の業務をより具体的に紹介しましょう。翻訳会社やプロジェクトによって多少の違いはあると思いますが、およそ以下のような流れです。




スポーツの試合で司令塔のポジションが全体に気を配りながらパスを出すように、PM がクライアントと翻訳者・レビュアーなどとタイミングよくコミュニケーションを図りながら、アサインしている流れがお分かりいただけると思います。


短納期の翻訳業界ですが、クライアントが海外企業の場合は時差もあります。そんな状況の中、業務がスムーズに流れるようにマネジメントする PM の仕事は非常にストレスフルです。しかし、PM のイライラや焦りは翻訳者やレビュアーにも伝染し、オンラインでのやりとりであっても互いに緊張しながら仕事をすることになります。逆に PM が心の余裕を持っていると、チーム全体がプロジェクト完成に向けて一丸になれます。


もっともあまり余裕を持ちすぎて納期に間に合わなかったり、成果物のクオリティが下がったりすることはあってはなりません。優秀な PM はマイクロマネジメントを避けますが、メンバーを信頼することが「仕事を丸投げする」ことではないことも分かっています。翻訳者やレビュアーが自分のやるべきことを明確に把握し、全力で納品に向けて取り組めるように整えてあげるのです。そこがまさに PM の腕の見せ所といってもよいでしょう。


一番手が掛かる工程とは…?


そうだとすれば、クライアントの依頼メールをそのまま転送してあとは翻訳者にお任せ、というわけにはいきません。上のチャートにも示しているように、クライアントからの依頼を PM 側できちんと理解して、翻訳者が依頼内容を受け取った段階で「よしやるぞ!」と思えるような「パスを出す」ことが非常に重要です。


例えば、クライアントから画像や PDF ファイル、URL が送られて来た場合は、その資料やサイトのどの部分を翻訳するべきなのかを翻訳者に明示する必要があります。


また、PDF ファイルや画像をそのまま転送して「翻訳お願いします」と依頼された場合、翻訳者側としてはそれをまずフォーマット調整する必要があります。「その作業も報酬に含まれているからやってくれ」といわれればそれまでですが、翻訳者側からすれば出鼻をくじかれる感覚は拭いきれません。しかし、PM の側でまずそのレイアウトを再現した編集可能なファイル(例えば Word)に調整して送ってくれた場合はどうでしょうか?翻訳者の側からすれば「ここまでやってくれたのだから、いい仕事しなければ!」という気持ちになるのではないでしょうか?




また、クライアントによっては提供されたファイルが特殊形式(json や po など開発で使用するファイル)ということもあります。その場合は、特殊形式ファイルに対応した翻訳ツールに取り込んで翻訳し、最終的にツールから翻訳されたファイルをダウンロードして納品することになります。こうしたファイルの取り込みやダウンロードも PM の仕事の1つです。


人間力が試される PM


このように PM の仕事は膨大であるにもかかわらず、どれも目立たない仕事ばかりです。時にはこれ以上ないと思われる「芸術的な」パスを出しても、翻訳者やレビュアーが思ったようなクオリティの仕事をしてくれないこともあるでしょう。


「ここまでやっているのに、なぜ?!」と思うことがあっても、心乱されず淡々とパスを出し続ける PM にはマネジメントスキルだけでなく、人間力そのものが求められるといえるかもしれません。


しかし、人間力のある PM は自然とチームからリスペクトされるようになります。そして、メンバーから「〇〇さんが PM やってくれるならいい仕事やらないとな!」と思われるようになればしめたもの、どのプロジェクトでもきっとうまくいくはずです。


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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。



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