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実は深い翻訳業界②~翻訳者が持つべきスキルは「編集力」

更新日:4月14日

「実は深い翻訳業界」シリーズ第2回、今回は先回よりもう少し深く、翻訳者の仕事について掘り下げてみたいと思います。


皆さんは「翻訳者に必要なスキルって何?」と聞かれたら何とお答えになりますか?「語学力に決まっている、当たり前すぎる」とおっしゃる方がほとんどだと思います。

では、語学力が非常に高い人は皆、優秀な翻訳者になれるでしょうか?答えはノーでしょう。つまり、翻訳者にとって語学力は必要条件ですが、十分条件ではないということです。


問題は優秀な翻訳者が備えるべき、さらに別の条件とは何か?ということです。さまざまな条件がある中で、今回はその中でも特に高いレベルを目指すために大切な「編集力」*1(弊社用語)についてお話しします。



そもそも、編集力とは


では、まず「編集」とは何でしょう?英語の「editing」の語源は「公にすること」「発表すること」ですから、編集とはそのための準備作業を指します。もう少し具体的には「資料や素材を構成、配置、調整などの作業をして、書籍や番組、映画にまとめること」と言えるでしょう。一見すると翻訳とはあまり関係がないように思えます。


しかし、先回の記事でも書きましたが、翻訳とは単に外国語をそのまま日本語に置き換える作業ではありません。それだと読む側の心を捉えるどころか、意味すら分からない文章になってしまいます。もちろん原文の意味と違った言い回しを使ったり、原文にないものを勝手に付け加えるのはご法度ですが、原文で書かれていることが日本の文化にそぐわない場合や、原文からの直訳よりもより日本語としての表現力を重視するクライアントの場合は、翻訳者がいかに英文の意図を日本語らしくかみ砕いて表現できるかという原語の「編集力」が問われることになります(適応力、表現力などほかに良い言葉があるかもしれませんが、弊社ではこのスキルを「編集力」と呼んでいます)。


翻訳のプロセス


編集力が特に求められるのは、翻訳のプロセスの中でも最終段階を手掛ける二次翻訳者やレビュアー(チェッカー)です。


クライアントの求めるレベルにもよりますが、一般的に翻訳は1人の翻訳者だけで行われるわけではなく、翻訳者とレビュアーのペアで作業します(といっても、産業翻訳の現場ではたいてい翻訳とレビューは完全に独立したプロセスです。実際に2人が相談しながら訳を練っていくことはほとんどないため、個々のスキルが試されます)。


通常のプロセス(一次翻訳~レビュー)


最初の翻訳は「一次翻訳」として扱われ、別の翻訳者による「二次翻訳」へと進みます。それを「レビュー」と呼ぶこともありますし、二次翻訳のあとにさらに高度なレビュー(LQA などと呼ばれます)が待っていることもあります。内容が専門的になればなるほど、二次翻訳者、レビュアーの果たす役割が大きいですし、それだけ豊富な経験と高度なスキルが必要になります。


二次翻訳、レビュアー経験者の方であれば誰もがその作業が苦労に満ちたものであることを実感しておられるかもしれません。第一の理由は「他の人が書いた文章に手を入れるのはそもそも難しい」からです。翻訳や文章の執筆はもはや個人のセンスの塊だといっても過言ではありません。皆さんも小説を読んでいて「この人の文章は好き」「面白いんだけど何となく合わない」と感じたことはありませんか?翻訳者同士もこれと同じで、(否定するわけではなく)自分のスタイルとは違う人の文章を修正するというのは非常に難しいことですし、

クライアントの文章のセンスや好みによって翻訳者の評価も分かれてしまうのが難儀な点です。


また次に、レビュアーは「求められるスキルと責任は高いのに、報酬面ではあまり報われない場合が多い」ことも挙げられます。

レビュアーの仕事は一般的には「翻訳の品質をチェックすること」であるため、報酬面では翻訳者よりも下がることが大半です。翻訳段階で期待通りの品質の仕事がなされていればこの価格の変化は妥当だといえますが、そもそも一次翻訳のクオリティが低く、レビュアーの作業が膨大になってしまうことも少なくありません。そのため、多くの場合、レビュー担当者には一次翻訳者よりも高度な編集力が求められます。



機械翻訳/ノンネイティブ翻訳のレビュー


さて、海外の翻訳会社と仕事をしていると、さまざまな種類の翻訳に出会うことがあります。


そのうちレビュアー泣かせの案件のひとつが、「その言語のネイティブでない人が翻訳した文書のレビュー」です。

この翻訳が好まれるパターンは2つあります。


1.コストを重視する場合


たとえば日本語や希少原語など(英語・中国語などに比べて)話者が少なく比較的レートが高い言語の場合は、クライアントとしてはできるだけコストを抑えたいため、一次翻訳をネイティブに比べて単価の低いノンネイティブや機械翻訳で行おうとします。

そこには悲しいかな、多くのクライアントの翻訳に対する認識の低さ、つまり「翻訳なんて単語を訳して繋げていればいいんじゃないの?」という見方があるのも確かです。また、「ネイティブチェックをかければ一定の品質は担保できる」という一応のリスク回避を取ろうとしている面もあります。気持ちは分からなくもないのですが、言語の理解が乏しい非ネイティブによる翻訳はそもそも文法が成っておらず、レビュアーがすべてをイチからやり直さなければならない…という恐怖の案件になりうることだってあります。


2.原文が難解で非ネイティブ翻訳者+ネイティブチェッカーのペア作業がベストである場合


1のようなケースは曲者ですが、もちろん二言語以上をネイティブのように操る翻訳者の方も大勢いらっしゃいます。このような高い言語スキルを有する非ネイティブ+ネイティブがペアになると最強で、原文の理解も正確、かつ最終的な表現も素晴らしいものができあがります。

たとえば医療関連のレポートなど原文が極めて難解な文書の翻訳や、トレンドワードや略語が多用されたアプリの翻訳など、元の言語に対する高い理解が求められる場合はこのタッグが理想です。たとえば英語→日本語の翻訳の場合、「英語圏出身者(=日本語非ネイティブ)が日本語に翻訳」し、「日本人(ネイティブ)がレビュー」することで高いクオリティの訳文を完成させることができます。



また、近年のテクノロジーの進歩に伴って増えてきているのが「機械翻訳(MT)」のレビュー案件です。


Google 翻訳に始まり、最近は DeepL など驚くほど人の翻訳に近い文章を提供する機械翻訳エンジンが増えてきています。

翻訳者の間では好き嫌いが分かれるところではありますが、コスト削減や生産性アップを重視するクライアントからは「機械翻訳された文章をチェックして仕上げてほしい」という依頼が来ることが多くなりました。


確かに、それなりの品質の文章であればゼロから翻訳するよりもスピードは上がるのですが、アプリや Web サイトのメニューに並ぶ単語(アカウント管理、支払い、ユーザー一覧を見る、など)の場合は機械翻訳されたものを横目にアプリの画面をひとつひとつ確認し、文脈が合っているかを確認しなければいけません。そのため、翻訳者が画面を見ながらゼロから翻訳した方が実は早かったという場合もあり、一概にこれがベストな判断だとは言うことができません。


たとえばアプリでは「Contact detection」「Is switchted on」など、 実際に画面の表示を見ないと訳しにくい単語が沢山あります。 (一度 Google 翻訳にかけてみてください!)

二次翻訳者、レビュアーとしてはそういう翻訳に対する認識違いに異議申し立てをしても始まりません。とにかく、手元に上がってきた一次翻訳済みの文章を相手に格闘するしかないのです。そのままのレートで我慢するか、レート交渉するか、断るかの選択を迫られることだってあるでしょう。さらにクライアントからのフィードバックや苦情は最終翻訳者であるレビュアーに来るため、非常にストレスフルな仕事です。しかし、機械翻訳がますます増えていくなか、翻訳者としてのプライドに突き動かされて毎回、再翻訳したり、いっそのこと断ってばかりというわけにはいかないかもしれません。


翻訳者としての付加価値を高める「編集力」


もうお気づきかと思いますが、優秀な翻訳者、レビュアーは「編集力」で自分のものではない一次翻訳に付加価値を付けます。そのクオリティにケチを付けたり、イライラしながら全部訳し直したり、なんてことはせずに自分のスキルを信じてもとの訳文の構成や配置を変えたり、調整を加えたりする、つまり「編集する」のです。この編集力こそが先ほどもお伝えした通り、MTEP*2(機械翻訳した翻訳文の編集)の依頼も増えていくであろう翻訳業界で生き残っていくカギとも言えるかもしれません。


アカデミー賞に8度ノミネートされ、3度受賞している編集技師マイケル・カーンは、映画における編集という仕事について、次のように語りました。


「人の考えの流れで編集している。知識をベースにしているんじゃない。人の考えを感じなくちゃいけないんだ」


もちろん、翻訳者に求められる編集力と同じように比べることはできませんが、それでも本質的な共通点を見出すことができます。一次翻訳にしろ、二次翻訳にしろ、翻訳者は人が書いた文章を相手にしています。だからこそ、「人の考えの流れ」をリズムよく伝えることこそが大切で、それ以上でもそれ以下でもないのです。すべての翻訳者は今のうちから「編集力」を身に着けておいて損はないはずです。



注釈:

*1:「編集力」とは弊社が独自に使用している用語であり、一般的な編集の意味とは多少解釈や定義が異なる可能性がありますのでご了承ください。

*2:MTPE:Machine Translation Post Editing Services の略語。

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著者プロフィール

YOSHINARI KAWAI

2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。

編集:SIJIHIVE TEAM

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