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  • 執筆者の写真S Satoko

『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』観てきました ~資本主義 vs 芸術の恐怖のバトル

更新日:2020年2月6日



私が訪れたのは、越前敏弥さん(文芸翻訳者)と原田りえさん(本作の字幕翻訳者)の豪華トークショー付きの回。

月曜の夜なのに満席(おそらく都内の字幕翻訳関係者が一堂に会していたのでしょう)で、改めて劇場の熱気と映画の魅力を実感してきました。



“あなたは、この結末を「誤訳」する。”


まず、この予告のキャッチコピーが破壊力満点(笑)。翻訳者なら思わずドキリとさせられてしまうワード「誤訳」にまんまと引き寄せられてしまいました。


今回は全く事前情報を仕入れず行きましたが結論としては観て正解。天才肌の主人公が登場するミステリーものという正統派な設定ながら、どんでん返しが多くなかなか楽しめました。舞台はフランス、EU 中心の 9 か国から有名小説を翻訳するために翻訳者が集められ、地下のシェルターにカンヅメにされるというお話です 。現行の流出を防ぐためにスマホも SNS も禁止で毎日黙々と翻訳を続け、一定量の翻訳が終われば続きの原稿が配られるという徹底ぶり。

名探偵コナンばりの少々アンリアルな演出はもちろんあるのですがそれもご愛嬌。全体的にアップテンポで進むのでまったく気になりませんでした。



「翻訳者あるある」の連続


9 人の翻訳家、みなそれぞれ個性がある中で特に共感したのがデンマーク語のエレーヌさん(シセ・バベット・クヌッセン)。小さな子供が 2 人おり、今回の案件で 2 か月フランスに出発する際、空港で旦那さんに「家でできる仕事だから結婚したのに」となじられる。シェルターに着いてからは「子供も夫もいなくて自由。やっと創作活動に没頭できる。これまではずっと我慢してきた」とこぼす。


この葛藤、痛いほど分かるなぁ~。

私たち翻訳を生業にする者たち(少なくとも私は)にとって、翻訳はただの作業ではなく「創作活動」なので、それに没頭して限りなく良いものを生み出すための一人時間の確保と、環境はとても重要なのです。

マルチタスクで片手間でやらざるを得ない時はもちろんありますが、それは決してベストな状態ではない、というか。なので、どんな環境でも、どんな心境でも常に 100% に近い結果を出すために自分の状態を整えるためのマネジメントは必須だと思っています。


また、ギリシャ語のケドリノスさんがいう「一人でできる仕事がしたくて翻訳家を選んだ」(=だから、9 人も同じ部屋にいる環境では仕事したくない)というのも納得です。孤独な発言ですがこれは非常に的を得ているし、私も共感します。極端な言い方をすれば「究極の表現」を生み出すプロセスは自分との闘いなので、一人になることでパフォーマンスは確実に上がります。逆に会社名の翻訳や考案など、バックグラウンドの情報の共有やブレーンストーミングが必要な作業は複数人集まることで逆に効果が出ますが、そこから一つの作品に仕上げる際にはやはり「個人で原著と向き合う時間を取ること」の必然性はあると思います。


今回は小説の翻訳がテーマなので、このような創作に対する情熱は特に色濃く描かれています。映画の中でも、原作に入れ込むあまり登場人物と同じ服装をして感情移入を図る人がいたり、登場人物と同じ行動をしてみたり。通常頭に浮かぶ「翻訳家」のイメージが良い意味で覆されると思います。



翻訳は創作か、それとも金儲けの手段か


この作品で目立ったのが、出版社の社長アングストローム(ランベール・ウィルソン)の資本主義者ぶり。とにかく金のことしか頭にない彼に、作者が怒る場面も出てきます。


私たちもビジネスとしてやっている以上、利益を考える必要があるのですがこれは常に葛藤の連続です。ただ事務的に作業するだけでなく、可能な限りひとつひとつのお仕事に全身全霊をかけて最高のものに仕上げたい。この譲れない思いと、ビジネスとして割り切りが必要なタイミングが相容れずいつも心苦しい思いをしています。


私たちが主に手掛けているマーケティング翻訳は「ただただ原文に忠実に」という原理が通用しない分野ということもあり、弊社ではすべてのお仕事を「クリエイティブな創作活動」だと考えています。翻訳は副業として稼げるとか、単純作業であると言われることも多かったのですが、今回の映画で少しでも翻訳に対するバイアスが外れていけばいいなと思っています。

越前敏弥さんも仰っていましたが、観るたびに新しい発見があり、自分なりの解釈も変わってくる(=何度も誤訳する、笑。)映画ですのでぜひ一度ご鑑賞を!




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