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実は深い翻訳業界㉓~翻訳は「最短」でいつできる?


皆さんは「なるはや」と言われると、どのくらいの時間をイメージされますか?


2022年にシチズン時計がZ世代を対象に実施したアンケートによると、最も多かったのは「10分」(24%)、次が「5分」(21.5%)、「30分」(20.0%)と続きます。「3時間」という回答も3.5%あったようで、人によって時間の感覚が大きく異なることが分かります。平均値は「32分36秒」だったようです。


では、翻訳業界における「なるはや」はどのくらいでしょう?おそらく案件や内容によって大きく異なるでしょう。翻訳業界は、自分の感覚だけで仕事をしているとクライアントの要求に応えられないこともある、そんな厳しい業界でもあります。


今回は翻訳業界における「なるはや」案件について取り上げ、その傾向と対策について見ていきましょう。


「なるはや」案件の傾向


「なるはや」として依頼される傾向の高いものには、プレスリリース、会議資料、SNS 用のコンテンツなどがあります。いずれも担当者がギリギリまで作成・確認・修正を繰り返しており、翻訳に回される時点ではすでに時間が限られているというケースです。


プレスリリースは通常、字数にして数百ワード(英語を例として400~600ワード)で、それを数時間以内に仕上げて、即日納品を求められます。場合によっては、チャットにベタ打ちで1~2行の翻訳依頼が来て、それを数分後に翻訳して打ち返す場合もあります。


翻訳者としては、もう少し余裕を持ってくれれば助かるのに、と思いますが、多くの担当者の方は自分の仕事を完遂してそれを「投げ」さえすれば、あとは翻訳者が「特殊な能力」であっという間に仕上げてくれると勘違いされているようです…。


別のケースとして、ニュースやインタビュー動画など、公開まで時間的制約があり、いかに関係者が尽力してもその時間をずらせない場合もあります。例えば、映像が手元に届いて「2時間以内に字幕の和訳を付けてください」というような依頼も。


しかし、字幕翻訳の場合、スクリプトが提供されず聞き起こしからやらなければならない場合などは、非ネイティブの話者が英語を話していて聞き取りづらい場合もありますし、何度聴き返しても意味不明な言葉が含まれていることもあります。もちろん、誰かに確認している時間などありません。


翻訳者の丸山清志氏は、「翻訳の最大の難所は原文を正しく理解することというより、その理解を自分の言語で正しく表現すること」と言いますが、「なるはや」案件で翻訳者は時間的制約がある中で、適切な日本語の選択を数秒から数分以内に行い続けなければならないのです。


「なるはや」案件の対策①~社内翻訳者はありがたい


長くても即日納品、場合によっては数十分以内の納品を外部に発注するのはほぼ不可能です。まず外注の翻訳者は超短期案件を望まないですし、仮に何とか確保できたとしても、クライアントの傾向やニーズを理解しているとは限らないため、高いクオリティを求めるのは難しいといえます。


その点、翻訳会社が自社で翻訳者を抱えていれば、柔軟な対応が可能で、外注であれば難しい土日、祝日の稼働もできます。また、外注であってもほぼ毎日仕事を依頼する前提で契約している場合も「なるはや」案件に対応しやすいといえるでしょう(ちなみに弊社はこちらのタイプです)。


さらに、「document」という簡単な単語ひとつとっても、「文書」と訳す人、「書類」とする人、はたまた「ドキュメント」という人など、誰が訳すかによって用語が分かれてしまうことが多々あります。それなりに頻度の高い案件であれば、担当の社内翻訳者さんを決めておいて毎回その人をアサインすることで翻訳の質と一貫性、スピードを保つことができます。


「なるはや」案件の対策②~汗をかくことを厭わない翻訳者はありがたい


「なるはや」案件の分量は少ないですが、だからといってその作業難易度が低いかと言われれば、そういう訳ではありません。


例えば、何百ページもある資料の真ん中に「一段落」だけ追加された文章の翻訳を依頼されたとしましょう。確かに量は少ないですが、その「一段落」を翻訳するためには前後の文脈を確認しなければなりません。用語や言い回しが資料のほかの部分と整合するように翻訳するためには結局、前後の文章も読まなければならなくなります。その作業は翻訳というより、パズルを組み合わせるような感覚です。


そんな労力や難易度を踏まえて、翻訳会社は翻訳者をアサインすることになります。ただ、もし翻訳者の側が「そんな割の合わない仕事は…」と難色を示されるなら、案件を受けることは難しくなるため、汗をかくことを厭わない翻訳者さんはとてもありがたいのです。


翻訳者が1時間で翻訳できる量とは?



翻訳者さんが1時間で翻訳できる量については以前の記事でも取り上げました。その記事でも触れましたが、弊社の場合は1日2,000ワードと見積もっており、1時間あたりの翻訳可能ワードは500ワードで換算しています。


例えば、弊社ブログのこちらの記事は、本文1600ワード程度のため、じっくり集中して取り組めば3~4時間で終わる計算になります。しかし、翻訳者は翻訳「マシン」ではないため、途中で疲れることもありますし、電話がかかってきたり、会議の予定があったり、子どもが泣き出したりすることもあるでしょう。そのため、無理はしたくないですし、させたくないのも本音です。そもそも無理をすると誤訳を生んだり、翻訳のクオリティを下げたりすることにもつながります。


そうはいっても、「なるはや案件」を断り続けることはできません。結局、「無茶」をしながらも、「無理」なことはしないように、絶妙なラインを攻め続けるのが翻訳会社であり、翻訳者なのかもしれません。


まとめ:「なるはや」案件に耐えうる翻訳者とは?


繰り返しますが、「なるはや」案件に対応せざるを得ない翻訳会社にとっては、毎日対応できて、しかも汗をかくことを厭わない翻訳者さんはとてもありがたい存在です。


他にも、こういった案件に耐えうる翻訳者の特徴があります。


それは「寛容さ」を持ち合わせていることです。「なるはや」という、そもそも不条理で、ストレスフルな案件に対して、「なぜもっと早く依頼しない!?」とか「っていうか1時間以内でこの量…無理でしょ!?」という「現実的」なリアクションをする人だと、きっと続かないでしょう。


「寛容な」翻訳者であれば、「お、厳しいけど、やれるかも!」とか「クライアントも困っているんだね~、力になってあげるか!」と受容力の高いリアクションができるため、依頼する翻訳会社としても有難い限りなのです。


もちろん、「寛容」すぎて自分が壊れないようにすることは大切ですが、「なるはや」案件は翻訳者の幅や深さを広げてくれる気もする、今日この頃です。


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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。





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