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実は深い翻訳業界㉒~翻訳より調べ物?翻訳者が持つべきリサーチスキル



「実は深い翻訳業界」シリーズは、いつの間にか22回を数えるまでになりました。


テーマにある通り、翻訳業界が深いのは、この業界が外側から見えるよりもずっといろんな人たちが関わっており、さまざまな工程が関係していることに加え、「翻訳」という仕事そのものが奥深いからです。


今回は改めて「翻訳」という仕事の本質に焦点を当てて、そこから導き出される翻訳者に求められるリサーチスキルについて解説します。


改めて、「翻訳」とは?


「スタンド・バイ・ミー」「ゴッドファーザー」「ウエスト・サイド物語」などの名画を字幕翻訳したことで知られる菊池浩司さんは、「翻訳」を次のように定義します。


「翻訳とは、日本とはまるで違う文化で生まれて、自分とは違う背景を持つ登場人物が言うことを、違和感なく日本の観客に伝える仕事」


また、字幕翻訳の役割は「映画作品をきちんと咀嚼し、その国の文化や映画の内容、時代背景などをふまえ適切な言葉を選び取ること」というのも菊池さんの解釈です。


菊池さんの専門は字幕翻訳ですが、翻訳を生業にしている方なら誰でも彼の言葉に共感することでしょう。つまり、翻訳は単に外国語に日本語を当てる作業ではなく、言葉の背後にある時代や文化を理解することが不可欠なのです。小説家の村上春樹さんはスコット・フィッツジェラルドの作品などの翻訳でも知られますが、同じように「翻訳は究極の精読である」と言っています。


翻訳と通訳が大きく異なるのは、まさにこの点です。スピードと現場対応力が重要視される通訳は、右から左に外国語をできるだけ正確に日本語に訳し、コミュニケーションのサポートをすることが求められます。しかし、翻訳には通訳と異なり、時間的な余裕があります。単に情報を瞬発的に伝達するだけでなく、ひとつひとつの言葉に隠れている深みをできるだけ掘り下げて、それを日本語で濃縮して伝えることが大切です。そして、そのために必要なのは調査することであり、翻訳者にはリサーチスキルが不可欠なのです。


翻訳者に必要なリサーチスキルとは?


では、翻訳者には具体的にどのようなリサーチスキルが必要なのでしょうか?


最初に思いつくのは、自分の知らない単語や専門用語についてリサーチするスキルです。技術翻訳や医療翻訳に関しては、絶えず新しい単語が登場してきますので、どれだけその分野に精通していても毎回のリサーチはどうしても必要でしょう。


また、事実情報の確認にもリサーチが求められます。例えば、新聞記事の翻訳で文中に「on Sunday」と記載されている場合、ただ「日曜日に」とそのまま翻訳するだけでは不十分な場合があります。翻訳された文章がリリースされる際、ソース記事が出た時点からタイムラグがあることが考えられるため、具体的な日付を記すべきでしょう。そして、そのためには、その新聞記事が触れている出来事がいつ起きたのかをリサーチして確認しておく必要があります。


ちなみに、事実確認をするために主にニュース記事を検索したい場合には、Googleで検索する際に「ツール→期間指定なし」を変更し「1年以内」から「1時間以内」まで検索期間を絞る方法が便利です。


さらに、未知の用語に出くわした場合、表面的に日本語訳を使い分けるだけでは不十分なこともあります。例えば、英語の「crime」「sin」「offense」はどれも日本語では「罪」と訳されます。しかし、「crime」は法律に違反する罪であり、「sin」は宗教上の罪、「offense」は単に他の人を不快にさせるような行動まで含む言葉です。


特にキリスト教の背景がない日本語で、キリスト教という文化的な背景を持つ英語をダイレクトに翻訳することにはかなりの注意が必要です。もし、リサーチせずに文化的・宗教的背景を無視して翻訳してしまうと、非常に薄っぺらい日本語になります。もちろん、「分かる人」が見れば、不十分な調査であることがバレてしまうでしょう。


日本語のスキル向上にもリサーチは欠かせない


第一線で活躍している翻訳家の方は異口同音に「翻訳には外国語よりも日本語のスキルが大切」とおっしゃいます。そして、日本語力を強化するためにも毎回のリサーチは欠かせません。


例えば、上述した「crime」「sin」「offense」を訳し分けるときにどんな日本語を当てるかに関しても熟慮が求められます。次のような文章があるとしましょう。


I will not commit the offense again.


ここで登場する「offense」がそもそも重大は犯罪や宗教上の罪ではないことを理解した上で、この語を正確に翻訳するためには前後の文脈にも気を配る必要があります。


そして、「罪」の類義語をリサーチすると「犯行」「凶行」「過失」「過ち」「間違い」「落ち度」などさまざまな日本語が見つかります。それぞれの意味を確認しつつ、「offense」が持つ意味に最も近い日本語を選ぶのです。


ここではおそらく「二度と同じ過ちは犯しません」というような訳がふさわしいと思われます。実際の翻訳業務ではもっと複雑で、さらなるリサーチが求められるはずですが、翻訳の基本的なプロセスは同じです。リサーチによってソース言語の意味を正確に把握し、前後の文脈を確認し、リサーチすることでターゲット言語の中でもっともふさわしい語を当てるというプロセスです。リサーチがどれだけ重要か、お分かりいただけるはずです。


まとめ:翻訳者にとってのリサーチとは?


翻訳者にとってリサーチは欠かせません。リサーチが上手な翻訳者は探偵のようであり、考古学者のようでもあります。探偵も考古学者も残された手がかりをもとに、そこに実際存在した過去の生活や行動を浮かび上がらせます。


同じように翻訳者はリサーチによって外国語をまるで「もともと」日本語で書かれた文章であるかのように描き出します。そこに翻訳の「匂い」をかぎ分けることはもはやできないほどです。読者はその文章を自然に受け入れ、読みふけることができます。


もし、私たちが今度そのような「翻訳文」に出会えたらとしたら、その翻訳者は間違いなくリサーチに長けているはずです。


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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。



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