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実は深い翻訳業界⑮~1時間で翻訳できる量ってどのくらい?


ジョギングを趣味にしている人なら、いつかは挑戦してみたいフルマラソン。プロのマラソンランナーは2時間台前半で42.195キロを走り切りますが、市民ランナーにとって何とか越えたいのが「サブフォー」の壁です。


サブフォーは、42.195キロを4時間未満で完走することを意味します。1km 5分40秒以上のペースで走り続けなければならず、ちゃんとしたトレーニングを積まないと越えられない壁といえるでしょう。


プロの翻訳者も、ある意味でマラソンランナーに似ています。納期までにクライアントが指定してきた字数を翻訳するためには、ペース配分が非常に重要です。ただ、問題は「どのくらいのペースで翻訳できるのか」で、ほかの翻訳者のことがやはり気になりますよね…。


今回は業界のデータや弊社の考える目安などを参考にしながら、「翻訳のペース」をテーマに考えてみたいと思います。


翻訳業界のデータを見る


JTF(日本翻訳連盟)が2017年に行った調査によると、英日翻訳の場合、1時間当たりの翻訳スピードは「200〜300ワード未満」がもっとも多く40.2%でした。次に多かったのが「100〜200ワード未満」で20.7%、「300〜400ワード」が16.2%と続きます。


マラソンでは一定のペースで走り続けることを「イーブンペース」といい、前半速いペースで貯金を作り後半はペースダウンする走り方を「ポジティブスプリット」、逆に前半はペースを抑えて後半上げていくのを「ネガティブスプリット」といいます。


プロランナーならまだしも、市民ランナーにとってイーブンペースはとても難しいといわれます。なぜなら、人間は機械と違って疲れますし、疲れるとメンタルが影響を受けるからです(「もうダメだ…休もう…」という感じになります)。また、マラソンはトラックをぐるぐる周回しているわけではなく、コースには坂もあれば、平地もあります。追い風が吹くこともあれば、向かい風になることもあります。


翻訳も同じように、1時間200〜300ワード翻訳できるから、8時間稼働すれば必ず1600〜2,400ワードできるかといわれるとそうでもないでしょう。集中して翻訳作業をしていると頭がヘロヘロになりますし、翻訳する内容も自分が慣れているものや得意分野だけでなく、調査が必要な場合もあります。そうなると、ペースを大きく落とし1日机に向かっていたのに「1,000字しか翻訳できていない!」ということも時々あります。


「通訳翻訳ジャーナル」の調査(2019年)によると、英日翻訳の場合、1日あたりの翻訳量は「1800〜2000ワード」が最多で、平均は2,738ワードだったようです。同調査で一日の平均稼働時間は8.1時間だったことを考えると、1時間の平均は338ワードであり、JFTの調査と比べるとややハイペースな感じがします。


弊社の場合の目安



翻訳会社が翻訳者に発注するときには、翻訳者の1日あたりの翻訳可能字数を把握しておく必要があります。もちろん、ひとり一人個人差はあるものの、弊社の場合、1日あたり2,000ワードと見積もっています。JFTや通訳翻訳ジャーナルの調査に比べると、やや少な目と思うかもしれません。

一方、1時間あたりの翻訳可能ワードは500ワード*で換算しています。これは、前出の調査と比べると逆に多めになります。


「え、1時間500ワードで翻訳したら8時間で4,000字になるのでは!?」と思われるかもしれませんが、これは弊社が「イーブンペース」を採用していないことによります。超短納期でお願いする場合は1時間500ワードは可能ですが、このペースで翻訳し続けることは脳にかなり負荷をかけます。仮にできたとしても、ミスが出たり、クオリティが下がったりしますから、1日のペースとしては2,000字に設定しているのです。実際、1日の仕事量として考えると、仕事しながらメール対応をしたり、電話がかかってきたりすることもありますし、テレワークの方は子どものケアが必要になることもあるでしょう。


では、翻訳はズバリ「ポジティブスプリット」と「ネガティブスプリット」のどちらがよいのでしょうか?マラソンでは市民ランナーはポジティブスプリットで走った結果、スタミナ切れで後半失速してしまうことがよくあるそうで、ネガティブスピリットがすすめられます。


しかし、翻訳の場合のおすすめはポジティブスプリット。どうしても納期が待っているため、ゆっくりやっていると後半「お尻に火が付いて」、焦ってバタバタと作業してしまい、クオリティが下がってしまいます。そのため、できれば前半でペースを上げて一通りやり切り、見直しや追加の調査ができる余裕を持ちたいものです。


自分の翻訳ペースを把握しておこう


なる早対応を求められるのはどこの業界も同じかもしれませんが、やはり相当なプレッシャーがかかります。 週に1日はゆるやかなスケジュールの日を作りたいものですが…

自分の翻訳ペースを把握しておくと、突然の翻訳会社からの依頼にも落ち着いて、自信を持って対応できます。特に単価がよいと字数のことをあまり考えずに、無茶な受注をしてしまいがちです。そうすると結局睡眠を削ったり、満足のいく仕事ができなかったりと、あとで後悔してしまうことにもなりかねません。


また、自分の1時間あたり、1日あたりの翻訳可能字数を把握していれば、計画も立てやすくなります。特に複数案件をこなしている場合はスケジューリングが重要です。

ただ、字数だけでなく、受注の際は原文のジャンルが自分の得意分野なのか、そうでないのかもチェックしておきましょう。また、スピード重視で案件対応にあたる場合、数十ワードのかなり小さな案件には要注意。ボリュームとしては少ないですが、逆に文脈が分からないためリサーチに時間がかかることが往々にしてあります。


マラソンランナーは上手にペース配分をして、自分が持っているものを出し切るとベストタイムに繫がります。しかし、いくつもの案件をこなす翻訳者は1つの案件で自分の持てるすべての力を出し切るわけにはいきません。総文字数何万字という大型案件を終えても、次の案件が待っているため燃え尽きてしまう余裕はありません。そのためには無理な「詰め込み」は避けて、休憩を取りながら心地よく仕事ができるペースを探すことが大切といえるでしょう。


【翻訳マメ知識】


*1時間500ワードの目安について:弊社にはワード数でなく時給でお仕事をお願いする翻訳者さんも多いため、1時間におよそ翻訳が可能であると思われるワード数をこうしてあらかじめ見積もっています。理由は、実際としては1時間当たりの翻訳スピードをご自身であまり把握されていない方が多く、「この案件の対応目安は何時間ですか」といったことがよく質問に上がってくるからです。もちろん、弊社としても分野や難易度によりスピードが変わってくることは十分に理解しています。


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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。







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