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華やかに見えて、実は繊細。フラダンサーが語る本音のストーリー

テーブルの上に並ぶ南国の花とともに、布の上にそっと指先を置く手元のクローズアップ

こんにちは!ALOHA ! 豊かでクリアな自然エネルギーたっぷりなハワイをこよなく愛する翻訳者兼フラ講師の板羽柚佳です。


今回で最終回を迎える SIJIHIVE ハワイブログでは、筆者が翻訳業界に携わるずいぶんと以前から身を置いてきた「フラの世界」について触れていきます。


フラの世界に足を踏み入れて20年近くが経ち、現在は主宰という立場に立ち、「想いを伝えるフラ」というところに行きついた筆者も、かつてはそんな迷いやモヤモヤと向き合いながら踊ってきた一人でした。今回は、舞台の華やかさだけでは語れないフラダンサーたちの本音と、ハラウ(教室)を率いる Kumu(先生)たちの思い、その両面に触れていきたいと思います。


フラは、ゆるやかな動きと笑顔が印象的な、華やかな世界。けれどその裏側には、練習の中で感じる不安や、仲間との関わりの中で揺れる気持ちなど、表には見えにくい想いがたしかに存在しています。




  1. フラダンスが「美しいだけじゃない」理由


舞台の照明を背に、髪に花を飾った女性が観客に向かって立つ幻想的な後ろ姿

笑顔の裏で求められる高度なスキル


フラダンスと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、ゆったりと波のように揺れる腕、軽やかなステップ、そして穏やかな笑顔かもしれません。

見る側には「優雅」「心地よい」という印象が残る癒しの踊り。けれど、その美しさは決して自然に生まれるものではありません。フラは“踊りながら物語を語る”芸術です。

目線をどこに向けるのか、指先の角度、体の重心をどこに置くのか。ほんのわずかな違いで、同じ振り付けでも伝わる意味や情景は大きく変わってしまいます。そのためダンサーは、踊っている最中も常に全身に意識を巡らせ、神経を研ぎ澄ませています。


たとえば表情。フラの笑顔は「作る」ものではなく、曲の物語や想いを感じた先に自然とあふれる出るもの。形だけの笑顔は、驚くほど早く見る人に伝わってしまいます。心からその世界を味わい、楽しむことが何よりも大切なのです。


姿勢も同じです。骨盤の位置や体幹の強さは、すべての動きの土台になります。ほんの少し崩れただけでも、動きは不自然に、時には奇妙に見えてしまいます。ただ特別なことをしなくても、日々意識してレッスンを重ねることで、体は自然と整っていきます

リズム感もまた、欠かせない要素です。ハワイアンミュージックの特有のテンポや空気感に身を委ねるには、感覚と時間の積み重ねが必要です。普段からハワイアンミュージックを聴き、耳を鳴らすことも、大切な練習のひとつと言えるでしょう。


そしてステップ。「ベーシック」と呼ばれる基本動作でさえ、何年もかけて磨き続ける奥深さがあります。筆者自身も、今なお毎朝10分ほどのステップ練習を欠かしていません。


舞台の上ではあくまで涼やかに、軽やかに。けれどその笑顔の裏側では、体も頭もフル回転している。それがフラダンスという踊りなのです。



伝統文化だからこそのプレッシャー


フラは単なるダンスではありません。ハワイの歴史や祈り、人々の精神性を受け継ぎ、次の世代へと伝えていく「伝承文化」でもあります。踊る人は、振付の形だけでなく、その意味を学びます。歌詞に込められた物語、その背景にある神話や土地の記憶。「なぜこの動きをするのか」「この曲は何を語っているのか」そうした理解を深めるほど、フラはただの踊りではなく、伝わる表現へと進化していきます。


一方で、その深さはダンサーに静かなプレッシャーも与えます。「間違えてはいけない」「軽く扱ってはいけない」。特にステージに立つとき、伝統を背負っているという意識が、胸の奥に重くのしかかることもあります。誇りと緊張。その二つが同時に存在するのがフラの舞台です。

けれど、人は間違えながら学び、成長していく生き物でもあります。だからこそ筆者のスタジオでは、「どんなに間違えてもいい。臆することなく踊って!」と、いつも声をかけています。


完璧であることよりも、想いを込めて向き合うこと。その積み重ねが、フラを踊る人の心と表現を少しずつ強く、深くしていくのです。



  1. フラダンサーが抱える“心のモヤモヤ”


花を髪に飾った女性が、柔らかな室内光の中でノートに文字を書き留めている様子

「私だけできてない?」という不安との戦い


フラを習い始めると、多くの人が一度は立ち止まります。それが、「自分だけ遅れている気がする」という不安です。


・周りのメンバーより振り覚えが遅い気がする

・手と足が同時に動かない

・表情が固くなる

・何度練習しても、毎回同じところでつまずく


練習中、ふと鏡に映った自分を見て、胸の奥がざわつく瞬間は、決して珍しい事ではありません。年齢も経験も違うメンバーと一緒に踊れば、なおさらです。比べないつもりでも、気づけば比べてしまう――それが人の心です。


「できないのは私だけなんじゃないか」

「先生に迷惑をかけていないかな…」


そんなふうに自分を責めてしまう人ほど、実はとても真面目で、フラと誠実に向き合っている人でもあります。安心してほしいのは、その不安は誰もが通る道だということ。できない時期を経験していないダンサーはいませんし、そのことで困っている生徒を「迷惑」だと思う先生も、まずいません。小さな不安が積み重なるからこそ、ふと体が動いた瞬間、振りがつながった瞬間の喜びは、何倍にも大きくなります。その積み重ねが、少しずつ踊りへの自信を育てていくのも、フラならではの魅力です。


衣装ならではの“見せ方”に悩む瞬間


フラの魅力のひとつが、色鮮やかなパウスカートやドレス、レイ、ヘアスタイルといった衣装です。けれどその華やかさは、時にダンサーのプレッシャーにもなります。


「この衣装、私に似合っているかな?」

「腕のラインが気になる…」

「客席からはどう見えているんだろう?」


体のラインが出る衣装も多く、普段は気にしない部分にまで意識が向いてしまうこともあります。


特にステージ直前は、「どう見せれば美しく見えるのか」という迷いと緊張が一気に押し寄せてくる時間です。けれど衣装は、ダンサーを評価するためのものではありません。踊りを引き立て、物語をより深く伝えるための大切な表現の一部です。だからこそダンサーたちは、細かなところまで気を配りながら、自分を整え、心を整え、舞台に向かいます。


その姿は、決して表からは見えないけれど、フラを踊る人たちの誠実さと、踊りへの愛がにじむ瞬間でもあります。



  1. チームで踊るからこそ生まれる葛藤


花のレイと髪飾りを身に着け、南国の夜の集まりで微笑みながら会話を交わす女性

メンバー間の温度差やコミュニケーション


フラはひとりで情感たっぷりに踊るソロも魅力的ですが、筆者はやはり「ひとつのチームで物語を紡ぐこと」に、フラならではの醍醐味があると感じています。同じ音楽、同じ振り付け、同じ想いを共有しながら踊る時間は、何物にも代えがたいものです。けれど、その分だけ人と人との距離が近くなります。だからこそ、人間関係の繊細さも、どうしてもつきまといます。


「練習への熱量が違う」

「意識の差でなかなか足並みが揃わない」

「言葉にしづらい気遣いや遠慮が溜まる」

「グループ内でのコミュニケーションの難しさ」


誰かが落ち込めばスタジオ全体の雰囲気が揺れ、誰かが焦ればその焦りがじわじわと伝わってしまう。


そんな“ちょっとしたこと”が積み重なりやすいのも、チームで踊るフラならではのモヤモヤです。それでも。みんなで踊るからこそ、大きな舞台も怖くないし、踊り終えた後、同じ達成感を分かち合える喜びは、何倍にも膨らみます。困ったときはお互い様。支え合い、助け合いながら進んでいける。それこそが、チームで踊るフラの本質だと筆者は考えています。


役割や立ち位置にまつわるあれこれ


ステージに立つと、そこには必ず「役割」が生まれます。センター、後列、ソロ――配置が決まるということは、選ばれる人がいる一方で、選ばれない人もいるということ。思い描いていたポジションと違ったときの、胸に残る小さな落胆。逆に、主要なポジションに選ばれたことで感じる、押しつぶされそうな責任。そうした感情が重なり、スタジオに少し重たい空気が流れることがあります。


センターに立つ喜びと、その裏にあるプレッシャー。

後列に立つ悔しさや、「自分は必要とされていないのでは」という葛藤。

ソロに抜擢された嬉しさと不安が同時に押し寄せる感覚。

そして、ふと心に浮かぶ「なぜ自分じゃないの?」という問い。


立ち位置はただの配置ではありません。一人ひとりの心に、静かに影響を与える、とても大きなテーマです。けれど筆者も含め、多くの先生たちは、「生徒さん一人ひとりが、無理なく、生き生きと踊れること」を願って配置を考えています。そこには評価ではなく、守りたい想いがあります。与えられたポジションをどう受け止め、どう踊るか。それぞれが自分の役割に向き合い、全力で担い、楽しもうとしたとき、チームとしての絆は、確実に深まっていきます。



  1. フラを続ける人が見せる「強さと成長」


花を髪に飾り、目を閉じて横顔を見せる女性のポートレート。柔らかな光が肌を包んでいる

モヤモヤがあるからこそ磨かれる「心のしなやかさ」


フラを長く続けているダンサーの多くが、「気づいたら、いい意味で心が強くなっていた」と口にします。それは決して、自分を厳しく追い込んできたからではありません。迷い、不安、モヤモヤと、その都度向き合ってきた中で、折れない“しなやかさ”が育っていったからです。


できない自分を無理に否定しないこと。「今はそういう時期なんだ」と受け入れ、淡々と続けること。そうしていれば不思議と、ある日ふっと体が動くようになります。

昨日より少しだけスムーズに踊れたことに気づく瞬間。積み重ねてきた練習は、決して裏切らないと実感する瞬間。踊り込むほどに振付が身体に染み込み、表現したい感情が、自然と深まっていく感覚。

やがて踊りには、振付だけではない「その人自身」が宿るようになります。モヤモヤは弱さではなく、成長している証。その積み重ねが、踊り手としてだけでなく、ひとりの人としての魅力を、静かに育てていくのです。


フラを愛する気持ちが力になる


どんなに大変なときも、ダンサーを支える一番の力は、「フラが好き」という気持ちです。


同じ目標に向かって進む仲間の存在。

練習の中で感じる、小さな達成感。

ハワイアンミュージックに触れた瞬間、胸の奥から湧き上がる感覚。

ハワイの文化に触れることで生まれる、新しいインスピレーション


フラを続ける理由は、人それぞれ違います。けれどきっと、みんなが知っているのは、ステージに立った瞬間に訪れる、あの温かくて清々しい気持ち。だからこそ、また踊り続けるのです。華やかに見える世界の裏側には、たくさんの葛藤があります。同時に、それ以上の愛もあります。そのどちらも抱きしめながら歩み続けるフラダンサーたちの姿は、決して派手ではないけれど、確かな強さを放っています。



  1. 最後に


夕暮れの海辺で、ヤシの木のそばに立ち、黄金色の空と海を静かに見つめる女性の後ろ姿

フラは、ただのダンスではありません。心が揺れ、迷い、立ち止まりながらも、少しずつ自分を解放し、自分を楽しむことを教えてくれる場所。人生を、しなやかに謳歌するためのひとつのツールでもあります。


迷いも、涙も、喜びも。そのすべてが踊りに溶け込み、やがて表現になります。今回は、そんなフラダンサーたちの本音のストーリーをお届けしました。


この物語は、フラに限った話ではないかもしれません。何かに本気で向き合い、続けているすべての人にきっとどこか通じるものがあったのではないでしょうか。そして、これまでご紹介してきた観光やレジャーだけではない、ハワイの様々な側面。それを毎月お伝えできたことは、筆者にとっても、とても貴重でかけがえのない経験となりました。


Mahalo Nui Loa !



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著者プロフィール


YUKA ITAHA


テレビラジオ業界でナレーターとして25年、フラ教室主宰15年とエンタメ業界一筋で生きてきたが、コロナ禍をきっかけに長年の夢だった翻訳業務を開始。

ハワイへは年に数回渡航。日々変化していく生きた英語に触れながら、

異文化間の思考の違いや取り組み方の違いを肌で感じ、

その違いを相互理解しながら埋めていくための一助となるべく、目下、邁進中。



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