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五感と「語感」~ひらがな・カタカナ・漢字をどう使う?

中国に住んでいたころ、香港や大陸の各地で見かける、あるチェーン店がいつも気になっていました。別にとりわけ心を奪われる商品がそこに置かれていたわけではありません。気になっていたのはそのお店の名前 ー「優の良品」でした。



※こちらが「優の良品」店舗。中国の大手旅行サイト「携程(Ctrip)」にも観光スポットとして掲載されている(出典:Ctrip



香港のお菓子のお店らしいのですが、日本人としては、店名の真ん中に挟みこまれている「の」という平仮名にどうしても目がいってしまいます。

漢字で書けば「之」になるのでしょうが「優之良品」だと印象が全然変わってしまいますよね。ひらがなを間に入れるだけで随分と柔らかなイメージになります。

実際、「優の良品」店内はこじんまりとし、内装や店員のユニフォームも可愛いイメージで統一されていましたから、明らかに「の」の使用は戦略的であったことが分かります。



中国語では迷わず漢字変換


中国語の場合、外来語も人名も基本的にはすべて漢字を用いざるを得ません。例えば、アインシュタインは「愛因思坦(Ài yīn sītǎn)」、モーツァルトは「莫札特(Mò zhá tè)」というように発音の近い漢字をあてることになります。

日本人にとっては、カタカナで書かれると「あ、この人は外国人なんだな~」と一目瞭然ですが、漢字で書かれると「え、中国人??」と、一瞬戸惑ってしまうのではないでしょうか?


また、外来語は人名と同じように音の近い漢字をあてる場合もあれば、「ホットドッグ→热狗(Règǒu)」、「ハードディスク→硬盤(Yìngpán)」、「スーパーマーケット→超市(Chāoshì)」のように英語の意味から漢字に変換して組み合わせるものもあります。

お腹がすいている時に「ホットドッグ」というポップをみればついつい足が向きますが、「熱犬」と書いてあっても、日本人の食欲はおそらく失せてしまうのではないでしょうか…?


中国語のオノマトペは日本語ほど多くはありませんが、やはり漢字です。例えば、犬は「汪汪(Wāngwāng、ワンワン)」、猫は「喵(Miāo、ミャオ)」と鳴き、雨は「滴答滴答(Dīdā dīdā、ぱらぱら)」と降ります。どれも漢字にすると、かなり迫力を感じてしまいます。



日本語の文字のニュアンス


このように見てみると、日本人は漢字に対して共通のイメージを持っていることが分かります。それは「硬さ、強さ、難しさ」といったものです。いうまでもなく中国語には漢字という表記ツールしかありませんから、そのイメージを変えたい場合、つまり「柔らかさ、可愛さ、近づきやすさ」を表現したければ、(前述の某店舗のように?)アルファベットや前述した「の」のような外国語を意図的に織り交ぜるしかありません。


しかし、私たち日本人にはひらがなやカタカナがあります。京都大学の奥垣内 健(おくがきうち・けん)氏は、自身の考察文書の中で「仮名文字は音のみを持つ表音文字であるため、表語文字である漢字と比べて表記自体の持つ意味が希薄であると言える。そのため、漢字で表記する場合に比べ、拡張的な意味での使用が可能になることが考えられる」と述べています。


漢字はそれ自体にすでに意味が含まれているため、それを超えた別のイメージを受け手に持たせることは困難ですが、ひらがなやカタカナの場合はまるで人間のジェスチャーや表情が見えてくるかのような、自由度の高い発信が可能というところに日本語の面白さがあります。



前述した奥垣内氏は仮名と漢字で表記されることによってどんな違いが生まれるのか、いくつかの例を挙げています。


たとえば、「嵌(はま)る」と漢字で表記すれば、「だまされる、罠にかかる、不利益を被る」というネガティブな意味にしか使えませんが、「ハマる」とカタカナとひらがなを組み合わせて表記すれば、「没頭する」というポジティブな意味合いにも使えるようになります。


また「薬」と「クスリ」も同様です。こちらの場合は漢字本来の意味がポジティブですが、仮名表記されると、「違法な大麻や覚せい剤」のようなネガティブな意味合いを想起してしまいます。さらに「先生」と「センセイ」はいかがでしょうか?漢字表記は「自分より年長の、経験のある人」という意味でポジティブな意味ですが、カタカナで書かれると不思議なことに、なんだか馬鹿にされてるような気も(…)。


ひらがなやカタカナ表記から日本人がもつ共通のイメージは、それぞれの字が持つ形や画数に由来していることもありますし、メディアや SNS で使用されている他のケースから影響を受けて、徐々に形成されることもあると思います。


発信する側としても、同じ音を持つ言葉を漢字かひらがな、カタカナのどれを用いて表記するのか、自分の中にあるイメージを突き詰めて、できるだけそれに近づけていく試みが必要になってきます。そういう自由度が高く、感性豊かな表現が可能なところが日本語の魅力のひとつなのではないでしょうか。


参考資料:

https://repository.kulib.kyoto-.ac.jp/dspace/bitstream/2433/141357/1/pls16_5Okugakiuti.pdf



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著者プロフィール

YOSHINARI KAWAI

2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、その後約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。現在はアフリカのガーナ在住、英語と地元の言語トゥイ語と日々格闘中。


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