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お願い、「辛苦了(シンクーラ)」なんて言わないで


「お世話になっております」「とんでもないです」など、ビジネスでは日本語的な表現が多々出現します。しかし、グローバル企業や海外のお客様・同僚相手のコミュニケーションだと、もちろんニュアンスが異なることも。

最近は日本文化をよくご存じの方も多く、日本のノリで接しても特に大きなズレが起きることは少なくなりましたが、それでも相手の国のビジネス慣習を知っておくことでコミュニケーションの質は確実に高まります。


さて、それでは本題スタート!本日のテーマは、中国語での「お疲れ様」についてです。



日本語の「お疲れ様(です)」は、ビジネスパーソンにとって非常に便利な言葉です。朝でも、昼でも、夜でも、出勤時であろうと退勤時であろうと、相手が部下でも上司でも、一人に対しても大勢に対しても使えるオールマイティーな挨拶と言えるでしょう。


一般的に中国語の「辛苦了(Xīnkǔle)」が日本語の「お疲れ様」に当たると言われますが、日本語で使う感覚で中国人に対して「辛苦了」を連発すると間違いなく怪訝な顔をされてしまいます。その理由を突き詰めていくと、日本人と中国人の言語の位置づけの違いが見えてきます。



「お疲れ様」はもはや、礼儀としての挨拶


誤解を恐れずに言ってしまうと、現在の日本人は言語に対してかなりいい加減であり、中国人は今でも言語の重みを良く知っています。例えば、私たちが「お疲れ様です」と言うとき、相手の労苦をねぎらう気持ちがどれだけ伴っているでしょうか?多くの場合「お疲れ様」の連発は、相手との最低限の距離を維持しておきたいという気持ちの表れに過ぎません。例えば、オフィス内ですれ違った相手の名前すら知らなくても「お疲れ様です」と言うことがマナーとされています。


それに対して中国人は、基本的に相手が何をしたか良く知っているときにしか「辛苦了」とは言いません。中国の大学で日本語教師をしているときに、生徒から「老师,您辛苦了!(Lǎoshī, nín xīnkǔle)」と良く言われましたし、家事にいそしむ奥さんに夫が「辛苦了!(どちらかというと「ご苦労さん!」のニュアンス)」ということもあります。逆に日本では、先生に対しても、奥さんに対しても「お疲れ様」とは言わないでしょう。もともとは相手をねぎらう気持ちを含んでいたこの言葉が日本のビジネスシーンでかなり特殊な言葉に変化してしまった感じがします。



辛苦了」以外のレパートリーを増やそう


では、中国で「お疲れ様」と言いたいときはなんて言えば良いのでしょうか?例えば、自分が先に退勤するときは「お先に失礼します」という意味の「我先走了(Wǒ xiān zǒule)」、オフィスに残る側は「気を付けて」という意味の「慢走(Màn zǒu)」で応対します。同僚や上司に何か話しかけたり、電話をかけたりする前置きとしての「お疲れ様」は「你好」か「失礼します」を意味する「打扰一下(Dǎrǎo yīxià)」で良いでしょう。どれも実際の状況に即したシンプルな表現です。


この「辛苦了」だけでなく、日本人が中国語を学び始めたときに習う「请多多关照(どうぞよろしくお願いします)」や「初次见面(初めまして)」という挨拶も中国人同士で使うのをあまりみたことがありません。多くの場合、やはり握手をしながら「你好!」で終わりです。もっと言ってしまえば、中国人は日本人の「谢谢」や「不好意思(Bù hǎoyìsi すみません)」の連発にも戸惑うようです。

まして「对不起(Duìbùqǐ ごめんなさい)」は中国人にとっては簡単に発してはいけない、非常に重い言葉ですが、日本人は英語の Sorry と同様、ちょっとしたことですぐに言ってしまう傾向があります。


このように見てくると、中国人が言葉に責任が伴うことを自覚して使っているのに対し、日本人は上で取り上げてきたような言葉を相手との距離を縮めたり、離したりするためのブレーキやアクセルのように使っていることが分かります。

また、中国人は一旦親しくなった間柄で「すみません」「ありがとう」という言葉を使うのを好みません。日本には「親しき仲にも礼儀あり」という言葉がありますが、中国では「不客气(Bù kèqì)」と言います。これは「ありがとう」に対する返答でも使われますが、「他人行儀はやめて」ということでもあります。よく「随便(Suíbiàn)」(もともとは「制限や拘束がない状態」を意味する語)と言われることもありますが、これも「他人行儀はやめて、リラックスしてください」ということです。もちろん、こうした言葉すべてを額面通りに捉えてしまうと相手から煙たがられてしまうこともあるので、そこのバランスは重要ですが…。


かつて日本では「言霊(ことだま)」、つまり発した言葉にはその人を支配する力があるとされましたが、今や言葉はどんどんぞんざいに扱われるようになってきています。一方、中国でも若い人の間では「辛苦了」を始め、上で挙げたような言葉の使い方も日本でのそれにどんどん近づいている感じもします。

それぞれの文化を踏まえた言葉の使い方をすることはどうしても必要ですが、個人的には言葉を扱う職業でもあるので、発する言葉が死なないように、生きた力を持ち続けるようにしたいと願うばかりです。



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著者プロフィール

YOSHINARI KAWAI

2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、その後約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。現在はアフリカのガーナ在住、英語と地元の言語トゥイ語と日々格闘中。



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