実は深い翻訳業界③~通訳と翻訳スキルは別物



『ドラえもん』に登場する「翻訳こんにゃく」というひみつ道具をご存じでしょうか?このこんにゃくを食べるとあらゆる言語(宇宙人や動物の言語を含む )を自国語として理解でき、自分が話す言葉は相手の言語に「翻訳」されるというものです。会話だけでなく、書かれた文章でも効果を発揮するらしく、今回のテーマである「翻訳」にも「通訳」にも対応できる万能の道具です。


しかし、当然ながら現実には「翻訳」と「通訳」は仕事内容も求められるスキルも大きく異なり、そのいずれにおいても熟達することは簡単なことではありません。「翻訳と通訳はどちらも外国語を使った仕事で、大体同じでしょ?」と一緒くたにされることも多いのですが、それは大きな間違い。今回は通訳と翻訳のスキルの違いに焦点を当ててみたいと思います。


通訳と翻訳はどう違うのか?


まず、一般的に翻訳の仕事は「書く」こと、通訳は「話す」ことが主軸になります。どちらも外国語を扱う職業ではあるのですが、そもそも使用する身体・脳の機能が大きく異なるのです。


「実は深い翻訳業界」の過去2回の記事で取り上げたように翻訳には出版翻訳、映像翻訳、産業翻訳などの種類がありますが、共通しているのは仕事に着手して成果物として仕上がるまでに長いプロセスがあるということです(一部スピードが求められる報道・メディア関係の翻訳を除く)。

編集プロダクションなどのお仕事を想像していただくと分かりやすいかもしれませんが、翻訳された文章レビュアー(= 編集者)→ QA 担当やプロジェクトマネージャー(= 編集長)など複数の人の目と手が入り、より読みやすくきれいな内容へと整えられていきます。


それに対して、通訳は現場で右から聞いた言葉を変換してすぐに左へ伝えなければなりません。


翻訳:一“訳”入魂、推敲に推敲を重ねてモノにする「じっくり派」の仕事


例えていうなら翻訳は何度もリハーサルを重ねて演奏されるオーケストラ、通訳は即興で聞かせるジャズのようなイメージかもしれません。オーケストラが1人で演奏できないように翻訳は本来じっくりと時間をかけて文章を読み解き、データベースや参考文献、CAT ツール(翻訳支援ツール)などを駆使しながら、原文の意味・ニュアンス・イメージをできるだけ正確に伝えようとする試みです。

あたかもチャイコフスキーの楽譜を演奏者が読み込み、作曲家の頭の中にあったはずのものを何とか聴衆に感じてもらおうとするのに似ています。


大勢の聴衆を前にしてオーケストラの演奏が披露され、録音(撮影)される様子を想像してみてください。翻訳も多くの場合は書籍や Web といった形として残り、存在する限り多くの人の目に触れることになります。


もちろん、納期があるので好きなだけ時間を費やして良いというわけにはいかないのが酷ですが、プロの文学翻訳者の中には「ある単語にぴったりくるニュアンスの言葉が見つからずに一晩中考えていたことがある」という方も実際に存在します。



また、翻訳に集中しているとリサーチや実際の翻訳にあたる時間はほぼ資料や PC に向かっているため、1日中まったく喋らないことだって珍しくありません。そのため、翻訳者の方には「文章を書くのが好き」という共通点に加えて、おそらく


  • 分からないことをとことんまで調べるのが好き

  • じっくり長時間デスクに向かうことができる

  • 毎回できる限り最高レベルのパフォーマンスを出したい

  • 時間に縛られ過ぎずに自分のペースで仕事がしたい(→たとえば、子育てをしながらアドホックな翻訳のお仕事をされている方が大勢いらっしゃいます)

  • 外界との関わりが一定時間なくても大丈夫(→決して引きこもり体質という意味ではありませんが…)


という方が多いのではないかと思います。


特に、自分のスキルに自信があり、毎回きちんと自分の目でクオリティを確認した上で良い仕事がしたいという方には翻訳の方が向いているようです。通訳の場合、以下でも述べますがその日の仕事の出来は現場の状況に左右されてしまうため、完璧主義を貫きたい翻訳者の方には辛いところもあるようです。



通訳:最強の現場力!ヒューマンスキルとサプライズへの対応が問われる「機転勝負」の仕事


これに対して、通訳は基本的にはジャズの即興演奏のような色が強く、その場の雰囲気をくみ取りながらのリアルタイムなコミュニケーションが本質となる仕事です。

もちろん文法や重要単語の訳し間違えはないことが望ましいですが、実際現場では何が起こるか全く予測がつきません。そのため、訳そのものの正確性はもちろん、瞬時に話者の考えや感情を言葉に並び変え、「耳で聞いてすぐに分かる」訳へと仕上げていくスキルが求められます。


それに通訳対象が1人の場合はまだしも、複数人になることもあり、それぞれの話者のアクセントや話し方のクセなどに対応しつつ適切な言葉を編み出して「話す」のは(翻訳者である我々から見れば)至難の業だと言えます。


また、通訳さんたちは完全アドリブで現場に臨んでいるわけではもちろんありません。会議通訳であれば事前に関係者(関係会社)の資料や会議についての資料を読み込み、背景知識をつけておくのが前提です。そのため、たとえ1時間の会議通訳であっても、実際には事前準備を含めると3~4時間程度要することが大半だと言えます。



通訳を好む方の特徴としては、


  • そもそも人が好き、話すのが好き(翻訳者が根暗というわけではなく、、、通訳さんには「書くよりも話す方が楽」という方が多いようです)

  • 当日1時間など決められた時間でサクッと仕事が終わる方がいい(→ 実際の通訳さん談。翻訳は予想外に時間がかかるけど通訳は時間管理が楽よ!と仰っていました)

  • 何が起こるかわからない現場でも楽しみながら臨機応変に対応できる

といった要素が挙げられます。



通訳と翻訳、求められるスキルはこんなに違う


1.正確さ


通訳も翻訳もどちらも正確さを大切にしていることはいうまでもありませんが、アウトプットにおいて違いが生じます。最大の理由、それはお察しの通り、通訳の時間的制約です。同時通訳の場合はターゲット言語へのアウトプットはソース言語の発話から5~10秒以内といわれています。言葉選びや置き換えをほぼ瞬時に行わなければならないため、重要なのは精錬された正確さではなく、平易な言葉であってもちゃんと意味が伝わることでしょう。


それに対して翻訳の場合は時間をかけてツールを活用、資料を参照しながら、文化的な背景や最新の語彙を踏まえて、微妙なニュアンスの違いも正確に訳し分けることに努力が傾けられます。


2.コミュニケーション能力


通訳は発話や会話の中での橋渡しですから、必ず生身の人間が相手です。通訳者自身が自分の考えや感情を伝えるわけではないとしても、通訳者の言葉を聞く相手は100%そこから情報を受け取ります。ですから、発話者のパッションやユーモアなどもできるだけ再現できるコミュニケーション能力が必要です。発話者が笑い話をしているのに、生真面目な表情で何の抑揚もなく伝えるようなら、通訳者としては半人前でしょう。


言語を扱う仕事である以上、翻訳にもコミュニケーション能力が重要であることは間違いありません。そもそもコミュニケーションとは「共感すること」、原文の意味を表面的にではなく、真意を共感して、ターゲット言語に翻訳するには高いコミュニケーション能力が必要ですが、通訳に求められる即興的なものとはやや異なるでしょう。


3.日本語能力


通訳も翻訳も外国語の能力はもちろんのこと、高い日本語能力が求められます。翻訳の場合は資料を読み通して、全体像から各パラグラフ、一つ一つの文章の訳を練ることができますが、通訳の場合は話がどう展開するか分かりません。発話者の一文一文を通訳しながら、パズルのピースを埋めていくように全体像を予想しながら的確な語彙や文章表現を用いる必要があります。



以上、通訳と翻訳の違いについてざっとお話してきましたが、いかがでしたか?


オーケストラの楽団員でありながら、ジャズプレイヤーという方って少ないですよね。それは恐らく音楽的な才能や能力の問題というよりは、そのどちらも好きでやれるという方が少ないせいだと思います。

同じように、通訳者も翻訳者も(もちろん両方やっていらっしゃる方もおられますが)どちらにも熟達しているという方は少ないようです。それは外国語や日本語の能力というよりも、最終的にはどちらが性格にあっているか、究極的には好きになれるか、ということに尽きる気がします。


これからのキャリアを考えていらっしゃる方は、上記の適性を参考にして「自分には翻訳と通訳のどちらが向いているのか?(好きなのか)」を再度自問してみるのも良いでしょう。


また、翻訳や通訳を依頼することがあるという方は、お探しのスキルにぴったり合った人を見つけるのが重要だということを今一度心に留めていただければ幸いです。

「あの人は確か英語が話せたから通訳を頼もう」「英文学科出身でしょ?翻訳頼める?」という読みは時に当たることもありますが…言語スキルは思っているより複雑で幅広いものなのです!


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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI

2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。


編集:SIJIHIVE TEAM


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