以前、ガーナで生活していたときに中国語を勉強しているガーナ人の友達がいました。彼はとても流ちょうな中国語を話すので、「どうやって勉強しているの?」と尋ねたら、アルファベットで殴り書きされた紙を見せてくれました。よく見ると、そこには声調記号も振られており、中国語のピンインが書いてあることに気付きました。
「よくこれで話せるね…」と感心していると、「日本人は漢字が書けるから羨ましい。自分たちはまずはこれでやるしかないんだ」とのことでした。
確かに中国語を学ぶ上で日本人には圧倒的なアドバンテージがあります。それは「漢字が読める」ということです。韓国でも名前などは漢字で表記しますが、最近では若い世代になるにつれてあまり漢字は使わなくなっているようです。
漢字こそが中国文化の特徴の1つ
中国の復旦大学教授である葛兆光(Gézhàoguāng)氏によれば、中国文化の特徴の1つは「漢字の使用とそれに伴う思考である」といいます。彼によると、中国雲南省にいるナシ族が用いるトンパ文字以外で、いまだに象形文字を使っているのは漢字文化圏だけだそうです。もちろん、純粋な象形文字は少なく、「会意文字(象形文字を組み合わせたもの)」や「形声文字(発音を表す文字と意味を表す文字を組み合わせたもの)」がほとんどを占めます。それでも、私たちは漢字を書くことで、アルファベットの組み合わせでは表現できないイメージを相手に伝えることができます。
ですから中国語を学んだことがなくても、日本人と中国人の間では漢字を使ったやり取りができます。紙とペンさえあれば、簡単なコミュニケーションが成立してしまうのです。
しかし、共通の漢字文化圏に住む日本人と中国人だからこそ厄介な問題もあります。それが今回の本題です。漢字の中には日本語と中国語で全く違う意味を持つものもあり、それを知らずにやり取りしているととんでもない誤解や笑い話を生むことになります。
①「先生」
日本語:せんせい(意味:教師)
中国語:Xiānshēng(意味:夫)
私の友人(女性です)が中国の方に対して、自分に中国語を教えてくれている人(この方も女性です)を「こちらがわたしの先生です(她是我的先生 Tā shì wǒ de xiānshēng)」と紹介したことがありました。中国の方は何とも複雑な表情をされていたそうです。
ちなみに夫を表す言葉は「丈夫(Zhàngfū)」、「老公(Lǎogōng)」もあります。どちらも日本人が漢字だけをみると意味を勘違いしそうですね。
さらに言えば「愛人(Àirén)」は中国語では「不倫相手」のことではなく「奥さん」のこと。「太太(Tàitài)」や「老婆(Lǎopó)」ともいいます。「太っちょさん」、「お婆さん」のことではありません。
②「走」
日本語:はし(る)(意味:速く進む)
中国語:Zǒu(意味:移動する、進む)
中国の方のお宅にお邪魔し、一緒に食事をして帰ろうとすると必ず聞くセリフがあります。それが「慢走(Màn zǒu)」です。中国語で「慢」は「ゆっくり」という意味で、それに「走る」が組み合わされるってどういうこと?と思うかもしれません。
実は中国語の「走」には日本語と異なり「速いスピード」は求められていません。単に移動すること、進むことを指します。歩くことも、車や自転車で移動することも全部「走」で表すことができます。
ちなみに「慢走」は「気を付けてね」という意味。中国語で「走る」は「跑(Pǎo)」です。
では、応用クイズです。「慢跑(Mànpǎo)」とはどういう意味でしょうか?
「気を付けて走ってね」ではなく、こちらはそのまま「ゆっくり走る」で「ジョギング」のことを指します。
③「勉強」
日本語:べんきょう(意味:学習する、学ぶ)
中国語:Miǎnqiáng(意味:自分の意に反してしぶしぶ何かをすること)
日本語で「勉強」は良い意味、中国語ではどちらかというとネガティブな意味であるため、誤解を生みやすい単語です。決して「我喜欢勉强(Wǒ xǐhuān miǎnqiáng)」などとは言わないように気を付けましょう。中国語では「私は強制することが好きです」という意味になってしまいます。「もし勉強が好きです」と言いたいなら「我喜欢学习(Wǒ xǐhuān xuéxí)」と表現しましょう。
④「顔色」
日本語:かおいろ(意味:顔の色、表情)
中国語:Yánsè(意味:色)
日本語では色全般を表す単語が中国語では「顔色」になります。このため、日本語を勉強している中国の方が「你喜欢什么颜色(Nǐ xǐhuān shénme yánsè)?=どんな色がお好きですか?」をうっかり「どんな顔色が好きですか?」と言ってしまったという話を聞いたことがあります。
⑤「送」
日本語:おく(る)(意味:人、モノ、情報などをこちら側から別のところに移す)
中国語:Sòng(意味:基本的に日本語と同じですが…)
「送」という中国語は日常的に使う基本的な動詞であるにも関わらず、日本人にとって意外に使い分けが難しい単語の1つです。
例えば、日本語では「メッセージを送る」「荷物を(郵便で)友達に送る」「友達を駅に送る」というように「送る」の対象は具体的なモノから抽象的な情報までさまざまです。
しかし、中国語では以下のようになります。
・「メッセージ」→发信息(Fā xìnxī)
・「荷物」→ 把东西寄给朋友(Bǎ dōngxī jì gěi péngyǒu)
・「友達」→ 送朋友到车站(Sòng péngyǒu dào chēzhàn)
辞書を調べると中国語の「送」は日本語の「送」とあまり変わらないように書かれています。もちろん、それは間違いではないのですが、日常会話でなにかモノを「送」と言えば「プレゼントする」という意味になることがほとんどです。
⑥「情報」
日本語:じょうほう(意味:ある事柄を他者に伝達する内容)
中国語:qíngbào(意味:調査や探索によって得られる軍事・政治関係の情報)
中国語の「情報」は日本語の「諜報」に近いといえるでしょう。
中国人の友人に「あとで情報(qíngbào)を送るね」といったら「スパイか」と突っ込まれたのを今でも懐かしく覚えています。中国語では「信息(Xìnxī)」といいます。
⑦「手段」
日本語:しゅだん(意味:目的を達成するために使う方法)
中国語:Shǒuduàn(意味:人をだます方法)
「手段」を中国語の辞書で調べると日本語と同じような意味が書いてあることが多いです。しかし、一般的には中国の人たちは「手段」を人をだましたり、陥れたりするための方法を指すときに使います。
中国に行ったばかりのころ、「交通手段」と言ったら「意味は分かるけど、そうは言わないよ…」と指摘されました。ちなみに交通手段は「交通工具(Jiāotōng gōngjù)」です。
⑧「告訴」
日本語:こくそ(意味:被害者が捜査機関に対し犯罪事実を申告して訴追を求めること)
中国語:gàosù (意味:告げる、知らせる)
中国の人たちは自分の考えや大切な情報を話すときに「我跟你说(Wǒ gēn nǐ shuō)」、「我告诉你Wǒ gàosù nǐ」と前置きすることが多いです(日本語でいうと「言っておくけど」というニュアンスでしょうか)。
これを聞いて「友達に訴えられるような悪いことはしていない!」と焦ったり、心配したりする必要はありません。
⑨「清楚」
日本語:せいそ(意味:清らかですっきりとしているさま。つつましく、控えめな様子)
中国語:Qīngchǔ(意味:はっきりしていて、明確な様子)
これも日常生活の中で頻繁に使う単語です。こちらが話していることが相手に伝わらず、「不清楚(Bù qīngchǔ)=分からない」とか「不太清楚(Bù tài qīngchǔ)=よく分からない」といわれることがあります。
日本語では「清楚」はかなりの割合で「控えめでつつましい女性」を表す形容詞として使われます。この意味を表す場合、中国語で近い語としては「清秀(Qīngxiù)」でしょうか。
⑩「〇〇子」
中国語をしばらく勉強すると、名詞の末尾にやたらと「子」をつけることに気付きます。ざっと挙げるだけでも「椅子(Yǐzi )」「 桌子( zhuōzi=机)」「 勺子(sháozi =スプーン)」「 叉子(chāzi=フォーク)」「 筷子(kuàizi=箸)」などです。
しかし、調子に乗って自分で勝手に「子」を付けて造語しないように気を付けましょう。例えば、かばんは「包(Bāo)」で一文字だと「座りが悪い」ように感じてしまいますが、「子」を付けると「包子(Bāozi)=蒸し饅頭」になってしまいますので、ご注意を。
以上、漢字が出来てしまう日本人だからこそ間違えやすい中国語表現を10個挙げました。中国語学習者の方なら必ず失敗談があると思いますが、皮肉なことに失敗して恥ずかしい思いをしていると、記憶に鮮明に残るものですね。
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。
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