
フリーランスで翻訳の仕事をしている方の中には、さまざまな理由で海外在住の方も多いと思います。国際結婚している方もおられれば、お子さんが海外で学校に通っているため離れられないという方、さらには単純に日本を離れた環境が気に入っている、という方もおられるでしょう。
そんな中、日本にずっと住んでいると、翻訳者として「箔が付かない」ように感じることがあります。留学や海外在住が当たり前のように思える翻訳業界で、ずっと日本にいると自分の「翻訳力」も半人前なのでは、とモジモジしてしまうのです。
しかし、弊社は翻訳者にとって「海外在住」は決して必須ではなく、むしろアドバンテージだと考えています。その理由と、日本在住の翻訳者が日本にいながらにして「選ばれる翻訳者」になるためのコツについてご紹介します。
そもそも翻訳に必要なのは…?

ずっと日本に住んでいる翻訳者が海外在住にあこがれたり、若干の引け目を感じたりする理由は、ソース言語(翻訳元の言語)が英語などの外国語の場合、海外在住の方であればその言語や文化的背景についてより深く理解できることが多いからだと思います。実際、現地に住んでみてはじめて分かること、体験できることはもちろん、言葉に隠れたこまかなニュアンスや本で学べない表現方法・慣用句などがあることは確かです。
しかし、翻訳者として重要なのはインプット側だけでなく、アウトプット側の言語、つまりターゲット言語についての深い理解も不可欠です。
もちろん、日本人の翻訳者のターゲット言語が日本語であれば、その点全く問題ないように思えます。
私事ですが、2020年1月にコロナ禍の中帰国してから早いもので2年半が過ぎました。しかし、ここ半年ほどでようやく気づいたことがあります。それは自分が「日本語らしい」日本語を話せるようになってきたな、ということです。
私は生まれも育ちも日本ですが、中国に約10年、ガーナに約2年いる間、少なからず中国語や英語の思考パターンに自分の「日本語」が影響を受けてきたようです。
翻訳者の方ならお気づきのように日本語はロジカルな表現をどちらかというと苦手にしています。そのため、中国語や英語の発想をもとに日本語でアウトプットしようとすると、受け手は「硬さ」や「きつさ」を感じたり、場合によっては責められていると感じたりするようです。
帰国した当初は、自分ではあまり気付いていなかったと思いますが、日本人でありながら、日本語らしい「やわらかな」日本語を話せていなかったのです。同じような経験をされた方もきっといらっしゃるのではないでしょうか?
このことから分かるように、翻訳にはソース言語に対する深い理解も必要ですが、ターゲット言語を使えるだけでなく、それを読む人に受け入れやすくアウトプットする能力も求められるのです。
ローカライゼーションとは?

これはまさに弊社が力を入れている「ローカライゼーション」ともつながります。
ローカライゼーションとは「現地化・地方化する」という意味ですが、翻訳においては原文をただ正確に訳すだけではなく、現地の人にとって「しっくりとくる」表現を使うことを意味します。
ローカライゼーションは決してソース言語の意味から離れるべきでないため、その観点からは海外在住の翻訳者には「地の利」があります。しかし、最近のトレンドなども踏まえて現地の人が馴染みの表現を使う点では、日本在住の翻訳者は非常に有利なのです。
実際、ローカライゼーションに重きを置いているクライアントの中には、求める翻訳者の条件の中に「日本に在住し、日本の現在のトレンドに常に触れられる環境にいること」を挙げてるところもあるくらいです。この理由は、「死語」という言葉もあるように、言葉は常に変化していくものだからです。
また、日本語をターゲット言語(翻訳先の言語)とする仕事を発注する側も、受注する側も海外の会社という場合もあります。その場合、担当者はだれも日本語が分かりませんから、翻訳のクオリティを担保するために「日本在住の翻訳者」は相手にとっても大変貴重な存在です。
もっと日本語に磨きをかけよう!

学生の頃に、「国語」という科目を学習する必要があるのはなぜ?と思っていたのは私だけではないはずです。少なくとも私は、「日本人だから日本語話せるのは当たり前でしょ」と鼻から「国語」を馬鹿にしていました。
しかし、言葉を扱う職業の「はしくれ」として思うのは、当時の私は大馬鹿者だったということです。今なら、「国語」がどれだけ重要で、あらゆる仕事の基盤をなすものであることがよく分かります。
私も含めて、日本人というだけで日本語が堪能という訳ではありませんし、日本人というだけで、たくさんの慣用句やトレンドワードを知っているわけではありません。また、日本人というだけで、分かりやすい日本語を書ける訳ではありませんし、日本人というだけで、相手の心に刺さる日本語に翻訳できるだけではありません。
すべての日本人は国語に磨きをかける必要がありますが、特に翻訳者ならなおさら、と今強く感じます。
といっても、別に日本文学を読み漁る必要はありません。
留学経験も海外在住の経験もなく、ロサンゼルスタイムス東京支局、ニューヨークタイム東京支局に記者として活躍した上乃久子さんは自著『純ジャパニーズの迷わない英語勉強法(小学館)』で「重要なのは英語と日本語の両方に精通すること」として、次のように述べています。
「最初に英語で新しい言葉を知り、その意味を日本語で調べて知識が増えるという経験をすることもあります。英語学習者は、英語を学ぶうちに日本語も上達したという話をよくします。(中略)それだけでなく、何らかの物事が頭に浮かぶと、両方の言語で正確に伝えるにはどうしたらよいかと反射的に考えてしまいます」
また、結論として次のように言い切っています。
「記者に限った話ではなく、英語を上手に使いたいのであれば、日本語のレベルも同時に上げて『言語』のセンスを磨くことが大切であることを意識しておきましょう」
この言葉に反論する翻訳者の方はおそらくおられないでしょう。
結論:どっちも大事。だけど…

結論としては、翻訳者としてソース言語、ターゲット言語、どちらも疎かにできません。しかし、どちらかに偏ることは避けなければなりません。
海外在住であれば、意識的に日本のトレンドをネットなどで吸収することが必要でしょう。また、日本在住なら、ソース言語に接する絶対量が少なくならないよう、意識的に海外のニュースなどに触れて語彙を増やすことが必要になります。
ソース言語、ターゲット言語は車の両輪のようなもので、どちらもバランスよく習熟すれば、いびつな形になることなく、スムーズに道を走り続けられるはずです。
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著者プロフィール
YOSHINARI KAWAI
2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。
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