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実は深い翻訳業界[55]~あいまいは禁物!翻訳前にチェックしたい、契約書の要注意表現

更新日:6 日前

書類を挟んだ机越しにビジネスパートナー同士が握手を交わす瞬間

企業のグローバル化が進む中で、契約書や利用規約の翻訳はもはや特別な業務ではありません。しかし実務の現場では、「とりあえず英語版も用意しておきたい」という軽い動機から始まった翻訳が、思わぬ法的リスクや解釈の齟齬につながるケースが少なくありません。その原因は、必ずしも翻訳技術の問題だけではありません。翻訳の精度以前に、原文そのものの構造や意図が整理されていないことが、リスクを生む要因になるのです。


とくに契約書における日本語は、日常会話とは異なる独特の「曖昧さ」を抱えています。その状態のまま多言語化すると、条文間の矛盾や用語の不統一が、より明確な問題として表れてしまうことがあります。


この記事では、年度末に増える契約書翻訳の背景から、日本語特有の表現の注意点、そして翻訳前にできる具体的な対策を整理します。契約書翻訳を「言語変換」にとどめないための視点を、実務経験を踏まえて掘り下げていきます。



なぜ2月は契約書・規約翻訳が増えるのか


机の上に積み重なった大量の書類を手に取るクローズアップ

2 月は、翻訳会社や社内翻訳担当にとって「契約書ラッシュ」ともいえる時期です。その背景には、日本企業特有の年度サイクルと、海外展開に向けた契約や準備の集中があります。ここでは、なぜこの時期に契約書翻訳が増えるのか、その構造を整理します。


年度末・契約更新が集中する時期だから


日本企業の多くは 3 月決算です。そのため 2 月から 3 月にかけては、業務委託契約や販売代理店契約、利用規約などの見直し・更新が一気に進みます。海外企業との新規取引を年度内に締結したい、次年度から新サービスをグローバル展開したい、といった事情が重なり、契約書の翻訳依頼が急増するのです。


たとえば、国内向けに運用していた SaaS サービスをアジア展開する企業が、既存の利用規約を英語化するケースがあります。原文は数年前に作成され、その後改訂を重ねてきたものの、条文間の整合性や用語の統一まで十分に確認されていない場合もあります。こうした状態で翻訳を進めると、文書内部の論理の揺らぎや定義のぶれが、翻訳段階で初めて表面化することがあります。


「とりあえず翻訳」の構造的リスク


2 月は時間との戦いです。「今月中に締結したい」「来月のリリースに間に合わせたい」という状況の中で、「内容はそのままでいいので、急ぎで翻訳してほしい」という依頼が増えます。


しかし、契約書翻訳は単なる言語変換ではありません。たとえば、日本語の原文に「本サービスは予告なく変更されることがある」と書かれている場合、その表現がどの範囲まで効力を持つのか、展開先の消費者保護法との関係で問題はないか、といった検討が必要になることもあります。背景情報が共有されないまま翻訳を進めることは、翻訳者にとっても、依頼側にとっても大きなリスクとなります。だからこそ、繁忙期であっても原文の確認と目的の整理が欠かせないのです。



翻訳で特に注意したい日本語表現の特徴


オフィスで書類を読み込み内容を精査するスーツ姿の人物のイラスト

契約書翻訳の難しさは、専門用語そのものよりも、日本語の「当たり前」の中にあります。主語の省略や抽象的な副詞表現など、日本語では自然に読める文章でも、他の言語では明確に示さなければ意味が確定しないケースが少なくありません。ここでは、翻訳の現場で注意を要する日本語表現の特徴を見ていきます。


曖昧な主語・目的語が省略されている表現


日本語の契約書では、主語が省略されることは珍しくありません。「通知するものとする」「支払うものとする」と書かれていても、それが甲なのか乙なのか、前条を参照しなければ分からない場合があります。


日本語では文脈で補える情報も、英語や中国語では明示が求められます。主語が曖昧なまま翻訳すると、本来は甲の義務だったはずの内容が、訳文では乙の義務として解釈される可能性があります。実務では、翻訳段階で初めて「この条文は誰の義務でしたか」と確認が入る場面も見られます。翻訳は、原文の前提を問い直す工程でもあるのです。


また、「本契約に基づき提供されるサービス」という表現も、どの範囲までを指すのかが曖昧な場合もあります。定義条項との対応関係が整理されていないと、翻訳時に解釈のぶれが生じてしまいます。


「適切に」「速やかに」など解釈が分かれる言葉


「適切に管理する」「速やかに対応する」「必要な措置を講じる」。これらは日本語としては自然ですが、法的文書としては抽象度が高い表現です。


英語に訳す場合、「appropriately」「promptly」「necessary measures」といった語が候補になりますが、それぞれの法的ニュアンスは必ずしも一致しません。「速やかに」は即日対応を意味するのか、または合理的な期間内を指すのか。紛争になった場合、争点となるのはまさにこうした語の解釈の幅です。


翻訳は、こうした言葉の曖昧さを別の言語で再構築する作業でもあります。原文の曖昧さは翻訳によって消えるわけではありません。だからこそ、翻訳前に原文の構造を整理することが重要なのです。



契約書・規約でよく出る要注意フレーズ例


付箋を貼りながら書類を整理し内容を確認している作業風景

契約書には、慣用的に使われている定型フレーズが数多く存在します。しかし、それらは日本語だからこそ自然に機能している表現であることも多いのです。日本語では問題にならない言い回しが、他言語では義務や権利の強さを変えてしまうことがあります。ここでは、実務で頻出する要注意フレーズと、その翻訳上の留意点を整理します。


「〜するものとする」「〜することができる」


「甲は、乙に対し、通知するものとする」という表現は、日本語契約書の定番です。しかし英語では 「shall notify」 と訳すのか、「agrees to notify」とするのかで、義務の強さが異なります。


一般に「shall」は強い法的義務を示す助動詞として用いられます。一方 「agrees to notify」は、合意内容として通知を行うことを約束する構文です。文脈によっては、ニュアンスや法的効果に違いが生じます。


一方、「〜することができる」は権利を定める表現ですが、状況によっては裁量を意味する場合もあります。「may」と訳した場合、それが単なる可能性なのか、当事者に与えられた権利なのかは文脈によって異なります。


これらのフレーズは、日本語では慣用的に使われているものの、他言語では微妙なニュアンス差が法的効果に影響を及ぼします。翻訳者は原文の意図と法的効果を踏まえて、適切な助動詞や構文を選択する必要があります。


「原則として」「必要に応じて」が持つ危うさ


「原則として返金しない」「必要に応じて情報を提供する」。これらは一見柔軟性を持たせた表現ですが、実務上は例外の範囲が不明確になりやすい条文です。


英語で「as a general rule」や「as necessary」と訳したとしても、どのような場合に例外が認められるのかが定義されていなければ、解釈を巡る争いの余地が残ります。


翻訳の過程でこうした曖昧さに気づいた場合、原文の修正や定義の明確化を提案することもあります。翻訳は単なる言語変換ではなく、原文の品質や構造を映し出す鏡のような役割を担っているのです。



誤訳・トラブルを防ぐために翻訳前にできること


デスクで書類にサインをする人物の手元を描いたイラスト


契約書翻訳のリスクを下げるうえで重要なのは、翻訳工程そのものよりも、その前段階です。翻訳の精度は、翻訳前の準備で大きく左右されます。原文の整理と目的の明確化ができていれば、誤訳や後戻りのリスクは大幅に減らせます。ここでは、翻訳前に取り組むべき具体的なポイントを整理します。


翻訳前に確認すべき原文の意図


翻訳前に確認したいのは、契約の目的、想定される当事者、そして法的拘束力の範囲です。たとえば、社内共有用の参考訳なのか、契約当事者間で正式に締結される契約書なのかによって、求められる精度や用語の選択は大きく変わります。


また、定義条項が整理されているか、条文間で用語が統一されているかを事前に確認することで、翻訳後の修正コストを抑えられます。翻訳工程に入る前に曖昧な箇所を洗い出すことが、最も効果的なリスク管理といえるでしょう。


発注側・翻訳側それぞれが意識したいこと


発注側は、「急いでいる」という事情だけでなく、「どこが重要条項か」「交渉の余地がある部分はどこか」といった背景情報を共有することが重要です。一方で、翻訳側も、疑問点や解釈に迷う箇所を遠慮なく確認できる関係性を築くことが求められます。契約書翻訳では、こうした確認のやり取りそのものが品質向上のプロセスとなります。


契約書翻訳は、単なる委託業務ではなく、リスクを共有する共同作業です。双方が前提を丁寧にすり合わせることで、誤訳や誤解のリスクは大幅に抑えられます。



翻訳の進め方は一つじゃない。だからこそ大切なこと


会議室で資料とノート PC を前に打ち合わせを行うビジネスチームの様子

翻訳の方法は多様化しています。AI ツールの活用、専門翻訳者への依頼、社内レビュー体制の整備など、選択肢は一つではありません。しかし、どの方法を選ぶにしても鍵となるのは、手段そのものではなく、その前提条件をどこまで整理できているかです。目的やリスクを共有し、翻訳の土台を整えることが、最終的な品質を決定づけます。


ツールに頼る場合・翻訳者に依頼する場合の考え方


近年は機械翻訳や AI ツールの精度が向上し、スピード重視であれば一定水準の訳文を短時間で得ることも可能です。社内共有用のドラフトや概要把握が目的であれば、ツール活用は合理的な選択肢です。


ただし、ツールは文脈や交渉背景、将来的なトラブルの可能性までを判断するものではありません。正式契約として締結される文書や、高額取引・長期契約に関わる文書では、専門知識を持つ翻訳者やリーガルチェックを経た訳文が不可欠です。重要なのは「どちらが正解か」ではなく、「目的・用途・リスク許容度に応じて選ぶこと」です。


翻訳の質を左右するのは「事前の共有」と「確認手段」


どの方法を選ぶにしても、翻訳前のすり合わせが欠かせません。翻訳の目的、想定される当事者、特に重視したい条文を共有することで、訳文の方向性が定まります。


さらに、曖昧な日本語を事前に整理することは、翻訳品質の向上だけでなく、契約リスクの低減にもつながります。翻訳は単なる言語変換ではなく、意図と責任範囲を明確にするコミュニケーションです。そのサポートとして、契約書のリスクを事前に可視化するツールを活用することも、有効な選択肢といえるでしょう。



契約書リスクチェックを支援する AI ツールのご紹介


こうした翻訳前の確認プロセスを効率化する手段として、契約書リスクチェックを支援する AI ツールの活用も選択肢の一つです。


弊社パートナー企業である ET Group が提供する「Larahttps://lara.etadvisory.com/)」は、契約書の条文を解析し、リスクの高い表現や修正検討が必要な箇所を可視化するツールです。翻訳前の日本語原文をチェックすることで、曖昧な表現や不利な条項を事前に洗い出すことができます。



企業の法務部門はもちろん、契約書を多く手がける翻訳会社やエージェント様が品質管理の一環として活用することも可能です。翻訳の前段階で原文リスクを把握することは、結果として翻訳品質の向上にもつながります。


契約書翻訳は、言語の問題であると同時に、リスクマネジメントの課題でもあります。だからこそ、「翻訳前」に何を確認するかが、最終的な品質を大きく左右します。その準備こそが、翻訳の出発点なのです。



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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。

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