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実は深い翻訳業界㊺~言葉で映像を紡ぐ!知られざる字幕翻訳の舞台裏


赤い髪の女性が、文字が投影された赤いTシャツと黒いジャケットを着て、わずかに右を向いている。背景には、瓶や写真立てなどが見える。

自宅のソファに座って、コーヒーを片手に楽しむ海外ドラマ。セリフの一言ひとことに笑ったり、涙したり、ハラハラしたり…そんな感情を支えているのが「字幕」です。何気なく見ているその一行一行にも、実は翻訳者たちの工夫と、職人技ともいえるこだわりが詰まっているのです。

今回は、普段あまり語られることのない字幕制作の裏側を、翻訳会社ならではの視点からご紹介していきます。



字幕制作の基本プロセス


テレビのリモコンの一部をクローズアップした写真。「SUBTITLE」と書かれたボタンが中央に配置され、その上には再生や早送りなどの操作ボタンが並んでいる。

字幕制作にはいくつかの工程があります。単なる翻訳作業ではなく、タイミングや表現、全体のバランスまでを考慮しながら進める、まさに「職人技」ともいえる作業です。


① 素材チェック


まずはクライアントから映像素材を受け取り、内容を確認します。動画ファイルに加えて、英語の台本や音声スクリプトが添付されていることもありますが、素材によってはセリフと映像が一致していない場合もあります。そうしたズレを確認するのも、初期工程の大切なポイントです。


② 翻訳作業


さて、いよいよ翻訳者の登場です。台本や映像を見ながら、セリフを日本語に変換していきます。このとき、ただ直訳するのではなく、キャラクターの性格や話すスピード、口調なども考慮して訳出する必要があります。たとえば、皮肉を多用する登場人物には少しひねった表現を用いたり、かわいいキャラクターならシンプルな表現を心がけたりするなど、翻訳者のセンスが試される段階です。


③ スポッティング


翻訳されたセリフに、表示の「タイミング」を与える作業です。字幕制作において非常に重要な工程で、「スポッティング」と呼ばれています。基本的に「1秒4文字」以内という制限があり、セリフが早口すぎると文字数を減らさなければならない場面もあります。映像と字幕がぴったり合っていると、視聴体験は格段に向上します。観客は字幕を気にせずに作品に没入できるのです。


④ 仮ミックスと修正


スポッティングを終えた字幕を仮のかたちで映像に挿入し、全体のバランスを確認します。ここで翻訳者自身、あるいは別の担当者やクライアントからフィードバックを受けて、細かな表現やタイミングの修正を行います。何度も見返して微調整を加える地道な作業が続きます。


⑤ 本ミックスと最終チェック


修正を反映した最終版を「本ミックス」として納品します。この段階で再度すべてを確認し、誤字脱字やタイミングのズレがないか、映像全体を通して確認します。ようやくここで、視聴者のもとに届く字幕が完成します。

字幕翻訳ならではの挑戦



字幕翻訳ならではの挑戦

空港の滑走路のような場所で、女性がスーツケースを持ち、後ろを振り返っている。背景にはプロペラ機が2機駐機している。空は曇り空。

翻訳というと文章を別の言語に置き換えるだけの作業のように思われがちですが、以下のような、字幕翻訳ならではの難しさがあります。


① 言葉の制約


字幕には表示時間や文字数に制限があるため、原文をすべて訳すことはほぼ不可能です。感情の機微やニュアンスをどこまで省略し、どこまで表現として残すのか、その選択が翻訳者の腕の見せどころです。短くても心に残るフレーズを生み出すには、オリジナル言語への深い理解と、日本語に対する研ぎ澄まされた感覚が求められます。


② 文化的な違いへの配慮


スラングやジョーク、宗教や歴史的背景など、日本の視聴者に馴染みのない文化的要素が多く登場するのも海外ドラマの特徴です。たとえば、アメリカンジョークをそのまま訳しても意味が通じないことが多いため、同じような笑いを引き出せる日本語表現に変える工夫が必要です。

最近は AI を使った翻訳も増えていることは確かです。AI であれば一つひとつの単語の意味は確かに正確ですが、文化的な背景の理解を前提にした微妙なニュアンスを出したり、インパクトのあるセリフに訳出したりするにはやはりまだまだ「人の手」が必要です。


③ チームワークと個人作業


作品によっては、複数人でキャラクターの性格や言葉遣いを擦り合わせながら進める場合もあります。例えば、中国語のドラマを日本語に翻訳する場合、オリジナルでは同じ語彙が使われていても、視聴者に各キャラクターの違いをはっきりと認識してもらうために、訳語の表現の仕方や語尾を変えることがあります。もし、そうしたキャラ設定が翻訳者ごとにずれてしまうと、一貫性に欠ける作品になってしまいます。


一方で、作品の世界観や、製作者の意図をよく理解している特定の翻訳者がいる場合など、1人の翻訳者が全話を担当するケースもあり、その際は表現の統一感やストーリーの整合性も含めて責任が重くなります。



映像翻訳者の日常


暗い部屋の中で、男性がデスクに向かい、書類にペンで書き込みをしている。デスクの上にはパソコンやランプ、コーヒーカップなどが置かれている。

華やかに見える映像翻訳の世界ですが、その裏側はかなりのハードワークです。


① スケジュール感


1話あたりの翻訳には数日から1週間ほどかかりますが、納期が迫っている場合は徹夜作業になることも珍しくありません。セリフの分量やキャラクターの多さによって作業時間は大きく変わり、特に群像劇タイプの作品では、全編を通じて一貫性を意識しながら、製作者の意図に沿って伏線回収する作品もあるため、神経を使う場面が増えます。

(たまに、エピソードごとに違う翻訳者さんが手掛けたりするとキャラクター名が若干違っていることもありますが…ご愛敬)


② 工夫と創造性


原文の台本にない部分―たとえば、電話の向こうから聞こえる声や、背景で流れるラジオの内容なども翻訳者が想像して字幕を作ることがあります。これらは視聴体験に大きく影響するため、ストーリーの流れや人物の心情を読み解く力が求められます。



視聴者に届けたい思い


映画館の客席が赤色のシートで埋め尽くされ、多くの観客が座ってスクリーンの方を見ている。階段には緑色の照明が灯っている。

字幕翻訳者にとって最大の喜びは、「字幕を意識せずに作品を楽しんでもらえた」と視聴者に感じてもらうことです。


翻訳者たちは黒子として、登場人物の感情やストーリーの熱量を、日本語に乗せて視聴者に届ける役割を担っています。「原語で見ているみたいだった」と言われると、それこそ翻訳者冥利に尽きる言葉です。


また、完成した字幕が作品の感動をより深く引き出したとき、それが翻訳者の手応えにもなります。ドラマのクライマックスで、ある一言に心を打たれたとしたら―もしかするとそれは、翻訳者のひと工夫が光っていたのかもしれません。



まとめ


木目調のテーブルの上に置かれたMacBook Proが開かれており、画面にはHuluのウェブサイトが表示されている。女性の両手がキーボードの上に置かれ、タイピングしている様子が写っている。

字幕制作は、単なる言語の変換作業ではありません。映像とセリフ、文化と言葉、時間と文字数というさまざまな制約の中で、物語を「翻訳」ではなく「再構築」していく、まさに芸術的とも言えるプロセスです。


次回、海外ドラマや映画を見るときには、ぜひ字幕にも少しだけ注目してみてください。その一行に込められた想いが、きっと物語をさらに豊かにしてくれるでしょう。




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著者プロフィール


YOSHINARI KAWAI


2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。その後、アフリカのガーナに1年半滞在し、英語と地元の言語トゥイ語をマスターすべく奮闘。コロナ禍で帰国を余儀なくされ、現在は福岡県在住。


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