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  • 執筆者の写真S Satoko

Ravishing Russia:翻訳者泣かせの奥妙なロシア語 10 選

すぐ隣にありながらまだまだ謎めいた存在の大国ロシア。他の言語や文化と同じく、人間性や感情に根差した表現は何とも訳しにくいものです。

大げさに聞こえますが、たった一語、一文を翻訳するのに数時間、ひどいときは一夜かかってしまうという話も決して嘘ではありません。


今回の記事では、正確な訳が極めて見つけにくい単語を面白おかしく(マニアックに)お伝えします。




1. авось(アヴォシ/Avos')


意味:放っておいてもすべてがうまくいくという期待


ロシア人の国民性を軽妙にとらえた、極めてロシア的な表現として有名な言葉。計画や多大な努力をせずに、成功を頼りにして何かをすることを意味します。

ロシア語には日本語の「頑張る」に相当する言葉がなく、困難な状況にあってもすべてが自然と良い方向に向かう…というのがロシア的な考え方。




2. надрыв(ナドルィフ/Nadryv)


意味:コントロールできない感情の激発


著名なロシアの作家、ドストエフスキーの著作に登場する重要なコンセプト。心の奥深くに秘められた感情を放出する際に起こる、コントロールできない激情の奔流を表す言葉です。


『カラマーゾフの兄弟』第二部では「ナドルィフ」という一編があり、その中では主人公の内省と苦しみ、ひたむきな愛といった感情の波が描かれています。ハイになりやすく、常に力いっぱい物事を成し遂げるロシア人気質を見事に表した言葉だともいえます。




3. хамство(ハームストヴォ/Khamstvo)


意味:処罰されないがために誇張された無礼、傲慢、横柄さ


ロシア作家のセルゲイ・ドヴラートフが、自身の論文でも「翻訳不能」として取り上げた言葉。責任を問われないことで、ハームストヴォはいとも簡単に人を攻撃し、ひどい場合には死に至らしめてしまうほどの威力を発揮します。

たとえば、映画やドラマでたまに見る、「ドアを自分の目の前でバタンと閉められる」シーン。閉められたドアの前で立ち尽くし、得も言われぬわだかまりが胸に湧き上がってくる…この感情をどう訳出できるでしょうか?


ソビエト出身でアメリカに亡命したドヴラートフは、「狂気と驚異が入り混じるニューヨークに 10 年暮らしているが、ハームストヴォがないことに驚いている」ともコメントしています。




4. стушеваться (シュトゥシェバッツァ/Stushevatsya )


意味:目立たなくなる、影が薄くなる、役割を失う


ドストエフスキーが小説『二重人格(分身とも)』で初めて使用したといわれている言葉。目立たなくなる、背景に行く、重要な役割を失う、シーンを著しく離れる、厄介な予期しない状況に陥って混乱することを表す言葉です。




5. тоска(トスカ/Toska )


意味:(極めて深い)感情的な痛み、憂鬱


外国語ではすべてのニュアンスを一語で伝えきれない、一生分の人間心理が詰め込まれたような言葉。明確な理由なく訪れる、精神的な苦痛の感覚を表します。魂の不明瞭な痛み、漠然とした不安、ノスタルジア、なまめかしい憧れなど、小説的な感情表現がよく似合う言葉です(さすがロシア!)。




6. бытие(ブティエ/Bytie )


意味:意識から独立した客観的な現実の存在


ロシア語の「быт(存在する)」に由来する言葉。辞書的には「存在」と訳されますが、もっと哲学的な意味があります。

単なる生命や存在ではなく、人間の意識(宇宙、自然、物質)に依存しない客観的な現実の存在を意味する言葉です。




7. беспредел(ビスプレディェル/Bespredel)


意味:制限や限界の超越、無法


制限、または限界のないこと。文学的には「無法(беззаконные)」という表現が好まれるようです。ただし、元の意味ははるかに広く、法律だけでなく道徳的および社会的規範にも違反する人の行動を表しています。




8. юродивые (ユロージヴィ/Yurodivy)


意味:聖なる愚か者


古代ロシアのユロージヴィたちは、キリストの名の下にこの世の喜びを自ら放棄した人たちだったとか。心の中に内なる平和を獲得し、自分自身のプライド(=すべての罪の根源)に打ち勝つために活動するその姿は民衆からするとあたかも狂人でしたが、神に近い存在だとして評価され、敬われたそうです。そこから生まれたのがこの「聖愚者」という言葉です。




9. подвиг(ポドビグ/Podvig)


意味:偉業、目的の達成 単なる結果ではなく「達成する」という行為を意味する言葉。勇敢で英雄的な行為、困難な状況で実行される行動のことを指します。ロシア文学では、軍や民間人によるポドビグだけでなく、科学的なポドビグ、愛という名のもとで行われるポドビグなど、さまざまなシチュエーションで用いられます。




10. пошлость(Poshlost/ポーシュロスチ)


意味:いかさま、俗物、偽りの勿体ぶり

小説『ロリータ』で有名なロシア系アメリカ人作家、ウラジミール・ナボコフを悩ませたといわれる難語。


ナボコフによるポーシュロスチの説明はこちら。

「雑誌を開くと、こんなシーンがよく目に留まるだろう。たとえば車(ラジオ、冷蔵庫、銀食器など何でも)を買ったばかりの家族の絵。母親は手をたたいて大喜び。子供たちは唖然とした様子でぽかんと口をあけ、母親の周りに集まってくる。すでに偶像のごとくあがめられている車。幼児と犬はその偶像に寄りかかる。寄贈者である父親は、少し脇から誇らしげにその様子を見つめている…」



こうした広告に強烈に表れる「ポーシュロスチ」は、商品の便利さや機能性をアピールしているというよりかは、最大の幸せは金で買うことができる、こうした買い物により客は気高くなる、などといった前提のもとで語られる概念なのです。


決まった訳語が存在せず表現される「概念」の訳しにくいこと・・・


こうしてみると、ロシア語には人間臭さや言葉では表しきれない感情が詰め込まれた表現がたくさんあることに気づかされます。 文学や詩に造詣の深い方にはぜひとも踏み込んでいただきたいロシア語の世界。これからも定期的にその魅力をご紹介していきます。


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