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【考察】中国における「表現の自由」


いまだ終息の見通しがまったく立たない新型コロナウイルスの世界的な広がり。

メディアでは感染の出発点となった中国政府の初動対応が不適切だったと批判する見解が多く見られます。

特に問題とされるのは初期段階での情報公開の不足や透明性です。武漢市の医師たちがいちはやく SNS でウイルスに関する情報を発信したものの、「デマで社会の秩序を乱した」として訓戒処分にされたり、現地に残り病院などで見られる実情を発信しつづけた市民や弁護士が行方不明になったりという出来事もみられました。


また、その医師団のひとりであった 33 歳の李文亮(Dr. Li Wenliang)医師が亡くなったことを受け、「彼らの情報が真実として捉えられていればこの災難は起きなかった」として中国国内では政府の弾圧に対する怒りの声が巻き起こりました。



語ることがそもそもの「タブー」


私が中国の四川に渡ったのは 2008 年 10 月でしたが、ちょうどその年 5 月に四川では大地震が起こり、現地で地震を経験した人々はメディアで取り上げられなかった少数民族居住区での被害の甚大さについて語ってくれたことがありました。中国当局の「表現の自由」に対する統制について、その時初めて肌身で感じたことを覚えています。

また、留学中、友人とファーストフード店などでおしゃべりしていると話題が政治の話に及ぶこともありました。その時決まって相手は声をひそめて「公の場所でその話題はタブーだ」と言い、すぐに話題を変えられました。ネットによって情報収集できるようになった世代は中国政府の情報統制について、冷ややかに見ながらも、「とにかくそうやって秩序が維持されているのだから、それに従うしかない」というあきらめを持っていたように感じます。



昨年、アカデミー賞で 4 冠を達成した「ボヘミアン・ラプソディ」は中国でも公開されましたが、映画の中でフレディ・マーキュリーのゲイとしての性的嗜好が分かるシーンや、バンドのメンバーが女装する場面などは削除されたそうです。

他にも昨年は映画に対する検閲が強化された年でした。2 月のベルリン国際映画祭で、チャン・イーモウ監督の『一秒鐘(One Second)』の出品が急遽取り下げられ、再編集の対象となりましたし、6 月の上海国際映画祭でも、『八佰(The Eight Hundred)』のオープニング上映が直前に中止となりました。どちらも文革や抗日戦争といった政治的に微妙な問題を扱った作品だったことが原因でした。こうした動きに対して映画製作側や動画配信サイドは、中国の大部分の人々と同じ反応。どこかおかしいと思っていても、自らリスクを犯すつもりはなく、無難な対応に終始しています。


▲チャン・イーモウ監督の『一秒鐘』出品中止を発表する、審査委員長のジュリエット・ビノシュ



野放しの「表現の自由」には危険も


ただ、私自身は、中国にしばらく滞在して日本に戻ってくると、言いたいことを好きなように言える社会がどこか不自然で、危ういような感覚を持ったことがありました。ヘイトスピーチやネット上での極端で過激な書き込みなど、何でもかんでも「表現の自由」を盾にして、相手を傷つけたり、最低限のモラルを犯すことすら肯定する社会が本当に理想的なのか、表現の自由とは本来そんなものではなかったはずです。


また、中国にいるときに、多くの人たちが口々に言っていたこと、それは中国の人口の多さ、それが問題の根源だということでした。例えば、先に取り上げた同性愛の検閲という問題、中国には「LGBT」と呼ばれる性的少数者が 7,000 万人に達していると言われていますが、それはイギリスの人口を超える規模で、もはや少数者とは言えないでしょう。


表現の規制によって、情報を一方的に統制することが正しいわけではないとしても、表現の自由によってもたらされる情報の受信者が他国と桁違いの多さということは、この問題を考える際に頭に入れておくべき点なのかもしれません。



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著者プロフィール

YOSHINARI KAWAI

2008 年に中国に渡る。四川省成都にて中国語を学び、その後約 10 年に渡り、湖南省、江蘇省でディープな中国文化に触れる。現在はアフリカのガーナ在住、英語と地元の言語トゥイ語と日々格闘中。

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